優しさの連鎖

優しさの連鎖
生活の中のふつうの音に苦しむ人たちがいます。聴覚過敏と呼ばれる症状で悩みは2つ。音が大きく聞こえるような苦しさと、音をやわらげようとつけている“ヘッドホン”への誤解です。音が聞こえにくいようにとつけているのに、音楽を聴いていると誤解されます。「マナーが悪い」と注意されてしまうのです。でもネットを通じた、優しさの連鎖が苦しさをやわらげようとしています。
(ネットワーク報道部記者 佐藤滋 高橋大地 大窪奈緒子)
「ヘッドホンをして買い物や外食。“マナーが悪い”“いきがるな”と注意されてしまった」「“音楽を聴きながら自転車に乗るな”と注意された。事情を説明しても“紛らわしいから外せ”と言われた」
ツイッターで約9万3000件リツイートされた投稿です。

聴覚過敏の人

「ヘッドホンをして買い物や外食。“マナーが悪い”“いきがるな”と注意されてしまった」「“音楽を聴きながら自転車に乗るな”と注意された。事情を説明しても“紛らわしいから外せ”と言われた」
ツイッターで約9万3000件リツイートされた投稿です。
投稿した女性は、「聴覚過敏」と呼ばれる症状があります。ふつうの音が絶えられないほど大きく聞こえたり、ひどい時は痛みや吐き気をもよおしたりするのです。

子どもの前で

女性に連絡をしてみました。女性は2人の子どもの母親でした。耳につけていたものは正確にはヘッドホンではなく「イヤーマフ」といいます。
音から聴覚を保護するためのもので、もともとはジェット機やカーレースなどの大きな音から耳を守るための商品でした。それが最近、インターネットなどを通じて聴覚過敏の対策グッズとして紹介され、症状に苦しむ人たちを助けるようになったのです。

ただ見た目ではわかってもらえない聴覚過敏。音楽を聴いていると誤解され子どもの前で注意をされたこともあったそうです。

「外食や買い物で子どもと一緒にいるときに注意を受けたことがありました。マナーが悪い親と思われたのかもしれません」

でも、、、と話が続きました。
「ツイートでは社会を批判したかったんじゃないんです」
「聴覚過敏の症状を正しく知ってほしかったんです」

こんなマークが…

女性のツイートには1枚の写真が添付されています。苦手な音を防いでいることを示すマークが貼られたイヤーマフの写真です。
「マークを貼ると症状をカミングアウトするような複雑な心境もあります。でもマークを知ってこんなモノがあるんだ!とうれしくなりました」「心が少し軽くなりました」

優しさの連鎖

聴覚過敏の人たちが受ける誤解を解こうというこのマーク。誰が作ったのだろうと調べてみると作ったのは大阪にある標識やステッカーの製造会社でした。

ホームページにはこのマークのさまざまなバージョンが載っていて無料で利用できるようにしています。
会社に電話をしてマークを作ったきっかけを聞いてみました。

発端は去年、聴覚過敏を取材した知り合いのライターが社長の石井達雄さん宛てに書き込んだツイートでした。聴覚過敏の誤解を防ぐ、マークはできないか、たずねてきたのです。そこには、こう書かれていました。

「いしいしゃっちょ、何かいいマークあります?」

4時間後

石井さんは標識や表示の仕事に携わっておよそ20年です。工業デザインの設計で重視してきたセオリーは「意味が通じて形が見やすいこと」。

聴覚過敏に限らず見た目では理解されにくい障害がたくさんあることも知っていて、「設計者として見本を示せるかどうか、お題を与えられた」と感じたそうです。「頭をフル回転させた」という石井さん。業務もしながらおよそ4時間後、3つのパターンを示し意見を求めました。

標識屋

選ばれたのは耳もイヤーマフも理解されやすい「うさぎ」のマーク。“シンプルで”“目をひき”“見やすい”、そんな思いを込めたマークでした。

いま、マークの周りに、「聴覚過敏保護用」という文字を入れたり、子ども向けに「にがてなおとがあります」とひらがなを入れたりしてホームページに載せています。

「最大の動機は実際に役に立つものを作るという責務なんです。自分のセオリーを社会に反映させる、標識屋としての責務です」(石井社長)

マタニティマークのように

「マークはインターネットで見て知っていました」「当事者ではない方が、時間を割いてマークを作ってくれる。応援してくれる人がいることがうれしい、使ってみたいです」

以前、聴覚過敏で取材した16歳の大貫智哉さんの母親、敦子さんのことばです。
大貫智哉さん
智哉さんは言葉を発したり、気持ちを伝えたりすることが得意ではなく、取材には敦子さんが答えてくれました。智哉さんは大きな音が怖いのに加え、たくさんの人がいる場所では、話し声や空調の音、物がぶつかる音なども耳が拾ってしまい、音の波が押し寄せてくるような圧迫感を感じるそうです。

やはりレストランなどでイヤーマフをしていると音楽を聴いていると勘違いされることはしょっちゅうだそうです。

「マークをきっかけに、聴覚過敏やイヤーマフについて多くの人に知ってもらいたい。マタニティマークのように認知度があがってほしいです」(大貫敦子さん)

またイヤーマフをつけて相撲の土俵にあがったのは神奈川県横須賀市の筑波大学附属久里浜特別支援学校の児童です。支援学校には聴覚過敏の症状がある子どもが10人以上通っています。
「マークを通じて苦手な音がある子どもが多くいること、イヤーマフがさまざまな経験を積む場で必要な道具だということが分かってもらえるようになる。とてもうれしい」
支援学校の下山直人校長のことばです。

知ること、行動すること

音に生活を支配されているように感じる聴覚過敏。両手で耳を押さえ、少しでも音を和らげようとする子どももいるそうです。

そして口コミでも広まりその両手を解放したのがイヤーマフ。
一方で、周囲からの誤解も生まれました。

そこで、誤解を生まないようにと作られたのが今回のマークです。つらさを知ること、思いをはせること、行動することで事態が変わってきたように感じます。

人が人を思いやって少しずつ世の中が変わっていく、そんな動きが広がっていきますように。