消せない傷、見えない私

消せない傷、見えない私
その女性たちはあるとき、不意に心が壊れていることに気づいたといいます。”自分が自分ではない”ような、フィルター越しに映画をみているような。自分の人生に感情移入ができない。そういった感覚、感じたことはありませんか?実は、私は経験したことがあります。これはある病気の典型的な症状なのです。(熊本放送局記者 高橋遼平)
「夫の妻という立場と、高校生の息子の母という立場、どちらもうまくこなせなくなってしまって」

現在、宮崎県で暮らすノゾミさん(仮名)49歳。おととしの熊本地震で大きな被害を受け南阿蘇村から避難してきました。

初めて会ったときの印象は明るく包容力のあるお母さんといった感じでした。

しかし、地震の話になると、強い緊張からか、体はこわばり、言葉は途切れ途切れになってしまい、取材をこのまま続けていいのか不安を感じるほどでした。

ノゾミさんは、”自分が自分ではない”ような感覚に悩まされ続けているといいます。

自分が自分じゃない

「夫の妻という立場と、高校生の息子の母という立場、どちらもうまくこなせなくなってしまって」

現在、宮崎県で暮らすノゾミさん(仮名)49歳。おととしの熊本地震で大きな被害を受け南阿蘇村から避難してきました。

初めて会ったときの印象は明るく包容力のあるお母さんといった感じでした。

しかし、地震の話になると、強い緊張からか、体はこわばり、言葉は途切れ途切れになってしまい、取材をこのまま続けていいのか不安を感じるほどでした。

ノゾミさんは、”自分が自分ではない”ような感覚に悩まされ続けているといいます。

感情を失った

ノゾミさんが異変を感じたのは家族への感情の変化でした。

夫が経営する歯科医院は地震で大きな被害を受け地元での営業を断念。家を失い、多額の借金だけが残り、途方に暮れました。
そんな中、ようやく地震から1年余りたったころ、夫の友人の支援でなんとか宮崎で再建するめどが立ちました。

しかし、ノゾミさんは喜ぶことができなかったのです。

去年の長男の高校受験でも…。

全国有数の難関私立高校に合格したときにも、まずこみ上げたのは喜びでなく、不安でした。

「なぜか他人事みたいな感じがして」
実は、同じような経験が私にもあります。

中学1年の秋に父親が自殺した日から、自分を背中越しに見ているような感覚が始まりました。自分は感情を失ってしまったのか。なぜ、自分は変わってしまったのか。私たちの問いを探るうちに出会ったのがトラウマ治療の専門家でした。

正体は脳の動き

精神科医の仁木啓介さんです。

熊本地震の被災者などの心の傷の治療に力を入れています。

ノゾミさんは診断の結果、「PTSD=心的外傷後ストレス障害」という心の病気でした。

”自分が自分ではない”というこの感覚の正体は、心の傷がもたらす典型的な症状のひとつだというのです。
なぜ、このような症状が?
仁木さんによると、その秘密は脳の動きに原因があるといいます。
命の危険を感じる出来事に直面すると、感情をつかさどる右脳が活発化する一方、記憶を処理する左脳の活動が低下。
この状態になると脳はバランスを失い、その出来事を「終わったこと」、「過去の経験」として処理できず、心の傷、トラウマとなり「今も続く出来事」として残ってしまうといいます。

人は心にトラウマが残ると、感情をまひさせることで大きすぎる苦痛や恐怖から無意識に自分を守ろうとするというのです。
その結果、喜びや悲しみといった日常生活に必要な感情まで押さえ込まれてしまう。

これが、”自分が自分ではない”という感覚の正体でした。

ノゾミさんの場合、平穏な生活を一瞬で奪い、命すらも失いかけた熊本地震という出来事がトラウマとして、今も残り続けています。

益城町・仮設入居者 トラウマ疑い急増

調査:熊本県 平成29年3月~4月
熊本県が去年、実施した調査では熊本地震でトラウマを受けた疑いのある人は、震度7を2度観測した益城町では住民のおよそ7%、仮設住宅の入居者ではおよそ10%にのぼっています。

震度7を観測した地震が2度起きたことが大きなショックとなったうえ、たび重なる余震によって心に負ったダメージの回復が妨げられてしまったことが関係していると見られています。

取材した専門家からは家庭を支える母親がトラウマを負ってしまい、PTSDを発症すると家族が壊れてしまうケースが多いと指摘する声も聞かれました。

悪化すると、自殺してしまう人もいる深刻な病気でもあります。

災害PTSD患者を助けたい

被災者の治療にあたり、仁木医師は新たな治療法を導入しています。

アメリカで開発された、「GーTEP」と呼ばれるものです。

通常の治療の多くは医師と患者、1対1で行われますが、この方法では複数の患者がグループで治療を行います。
ノゾミさんの治療の様子を見学させてもらうと、同じように熊本地震で心の傷を負った被災者とペアを組み、治療にあたっていました。

1人じゃない

治療のあと、ノゾミさんに話を聞くと、ある変化が起きていました。

「生きるか死ぬかっていう怖い経験をして、『なんで自分だけ』という孤独感があった。『自分だけが立ち直れない』という怖さを正直に言える仲間がいるってことが心強かったです。一緒に回復していけそうだなと明るい気分になりました」と話していました。
グループで治療を行う効果について仁木医師は「被災者はトラウマの影響で『なぜ自分だけ』という孤独感を抱いてしまう傾向がある。グループで治療することで『自分だけではない』という安心感を得られ、治療の効果が高められる」と話しています。

13年目の真実

”自分が自分ではない”ような感覚。

私も、10年以上にわたって悩まされ続けてきた一方で、誰にも理解してもらえないと諦めかけていましたが、この取材を通じて自分なりに謎の症状の原因が、ようやくわかったような気がします。

PTSDは災害だけでなく、いじめやDV、家族の死などさまざまな出来事がきっかけで誰にでも起きうる病気です。

原因がわかったことで私は少しだけ救われました。

だからこそ、いま、まさに似た症状に悩まされている人がこの記事を読んでほんの少しだけでも心が軽くなってもらえれば本当にうれしいです。今後も取材を続けていきたいと思います。