切れない爪

切れない爪
それは切りたくても切れない爪で、爪を切れないだけでなく、髪を洗うことも、体を洗うこともできませんでした。

そうしたことができないのは体の“痛み”からで、その痛みの原因は世界的に有名な歌手も患っている病気でした。取材のきっかけは、NHKに届いた1通の短いメールでした。
(ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子)
去年、人気歌手レディー・ガガさんが、筋肉に強い痛みなどの症状が出る「線維筋痛症」を患っていることを明らかにしました。

それをニュースで知った鹿児島県の男性がメールをくれたのです。

「私もこの病気で6年間苦しんでいます。
 取り上げて頂く事は
 患者の救いになると思い投稿しました」

男性は鹿児島県霧島市の福岡一成さん、63歳です。

始まりは「しゃっくりが止まらない」

写真は、元気だったころの福岡さんです。
妻とふたりでカフェを経営し、木工家具の製作も手がけ、症状が出るまで、心穏やかな生活を送っていました。

その生活が激変する兆しは、止まらないしゃっくりでした。
検査をした病院のベッドでは天井が回っているようで、猛烈な眠気と体全体の痛みに襲われました。痛みは日を追うごとに強くなっていきます。

「特にふくらはぎなどの下半身は、筋肉をぞうきんのようにねじって絞られているようでした」

発症から半年後。
腕も上がらなくなり、紙おむつを使うようになります。

追い詰められた果てに

「情けない、死にたい、生きる意味がない」

その後、妻とも離婚。
カフェも閉じます。
福岡さんは追い詰められていきました。

死をも考えるようになった時に知ったガガさんのニュースが、ほんの、ほんの少しだけ、生きる希望を与えてくれたといいます。

「ガガさんも病気で苦しんでいる、苦しんでいるのは自分だけじゃない、命はいつだって捨てられる。闘っていられるうちは痛みと闘っていこう」

そんな時にメールを送ってくれたのです。

その女性は髪さえ切れなかった

「患者は推定ですが、国内におよそ200万人です」

日本線維筋痛症学会理事長の西岡久寿樹医師は、この病気は激しい痛みを含むさまざまな症状が出て、原因もはっきりとわからないといいます。
「全身の筋肉が慢性的に激しく痛みます。それだけでなく抑うつ症状や、しびれやけん怠感なども重複して発症します」

西岡さんがこの病気と向き合うきっかけとなったのは、ある女性との出会いでした。

18年ほど前、20歳の女性が母親に付き添われ診察室にやってきました。
 
伸び放題の髪の毛と爪。

少しの刺激でも体中に痛みが広がるため、髪や爪さえ切れなかったのです。
体はあかだらけで臭いもひどく、それは痛みで入浴できないからでした。自分の体重さえ痛みにつながり、ほぼ寝たきりの生活でした。

「痛風やリューマチなど多くの患者を診察してきましたが、女性の姿に衝撃を受けました。痛みでここまで生活が脅かされてしまうのかと」

当時、線維筋痛症は西洋人特有の病気とされ治療薬もなかったそうです。留学経験のある西岡医師は、線維筋痛症だと確信し、できうる、ありとあらゆる治療をします。

爪は全身麻酔をして手術室で切りました。

入院を含めおよそ2年。女性はリハビリができるほどに状態が改善します。

しかし、そのやさきのことでした。

先生、本当によくやっていただきました

その日、診察室に来たのは母親ひとりだけでした。

“娘はみずから命を絶った”と告げられました。

『よくやっていただきました』

『治療しないほうがよかったのでしょうか?』

『いや、絶対にそんなことはないです。最後の1年くらいは少しずつだけど、痛みのない生活に慣れてきたところだったんです。先生には、本当によくやっていただきました』

そう話すと、静かに診察室を出て行きました。

うつ病で、回復期に注意が必要なように、寝たきりからある程度自分で動けるようになった時期にも注意が必要で、その時期に死という道を選んでしまったのではないかと西岡医師は無念の表情で振り返っていました。

死が変えたもの

女性の死が、医師としての生活を変えました。

多くの機関に呼びかけ、2003年に日本リウマチ財団に線維筋痛症研究チームを、その10月には厚労省に線維筋痛症研究班を発足させました。そして今、薬や理学療法で治る人もたくさん出てきました。

しかし、薬の効果が十分でない患者もいて、福岡さんのように、痛みや孤独と闘い続けなくてはならない人がいます。

「患者を追い詰めてしまう状況に課題を感じる。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。治療で制圧できる痛みも多くなったが、さらに効果がある薬の開発に向けて努力していきたい」

“この足を切断して” 線路に足を投げ出した

いまでは患者会である「線維筋痛症友の会」もできました。

代表の橋本裕子さんは63歳。これまで、電話などで3万件以上の相談にあたってきたと言います。
橋本さん自身も幼少時に発症し、今も病気と闘い続けています。痛みが強まった10代には、両足を切断してほしいと日々願っていました。

そして高校生の時、両親が寝静まったのを確認し、深夜1時すぎに家を抜け出します。

近所の鉄道の線路に両足を投げ出し、貨物列車が通って足が切断されるのを待ちました。ふだんから人通りのほとんどない、深夜の地方の町の線路でした。
夜空を見上げながら列車を待っていた時、声をかける人がいました。

「危ないことをしちゃいけないよ、とにかく起きなさい」

はっとして橋本さんは立ち上がりました。男性は線路を出て歩き出し、橋本さんを何度も振り返っていました。

「痛みから解放されたいだけで、死ぬつもりは全くなかった。でも痛みは時として冷静な判断を奪ってしまうんです。あのとき声をかけてもらわなければ、死んでいたかもしれない」

「あの時間、あんな場所になんで、人がいたのか不思議です。でも、声をかけてくれたおかげで今も生きています」

橋本さんが相談を続け、声をかけ続けるのはこの時の経験からです。

ひとりを思って

NHKにメールをくれた福岡さんに、先日、久しぶりに電話をしました。以前に話した時と比べ、弱々しい声でした。

「最近とても痛くてだるくて、ここ2日で食パン1枚しか食べられていないんです」と近況を教えてくれました。

取材では死を考えてしまうほどの壮絶な痛みと、医療や社会から取り残されてしまう孤独な患者の姿が、私なりにですがわかりました。

そして、生と死を分けるのは誰かの何気ない声かけや、その人を思う気持ちではないかと思いました。

記事は本来、広くたくさんの人に読んでもらうことを目的としています。

でも、この記事は、まさに痛みや孤独と闘っている、ひとりに思いを込めて書かせてもらいました。

あなたがどれほどの体の痛みと闘い、どんな暗闇の中で生きているのか、私が理解したいと強く思っても、ほんの一部分ほども理解できていないのかもしれません。神様は耐えられる苦しみしか与えないとはよく聞くけれど、時として何でこんなことをするのかとも思います。

ただ、なにか力になれることはないかと考える人間がいることを、伝えたいのです。

この記事が、ガガさんのニュースのように、線路で声をかけてくれた男性のひと言のように、生につながるようなきっかけになってくれはしないか、そう思い、自分なりに精いっぱいのことばで書かせてもらいました。

(この病気について詳しく知りたい方は、以下の注目コンテンツをご覧ください)