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米中テック冷戦下のスパイ大作戦

ことし、アメリカでは中国の産業スパイが相次いで摘発されています。スパイの対象は、半導体、自動運転、航空宇宙などのハイテク技術。いずれも中国が掲げる「中国製造2025」の要の技術です。スパイなんて米ソ冷戦時代のようですが、実際、米中の間では新たな”テック冷戦”が起きている、とも言われています。アメリカと中国、2つの大国はいま、ハイテク技術をめぐって激しい”覇権争い”を繰り広げています。トランプ政権が中国に対して仕掛ける貿易戦争も、”デジタル覇権”を奪われかねないというアメリカの危機感が背景にある、とみられています。

この“デジタル覇権”をテーマにアメリカ、中国、日本から3回シリーズでお伝えします。1回目はアメリカ。摘発された産業スパイ事件から見えてきた最前線に迫ります。(ロサンゼルス支局長 飯田香織)

ブエノスアイレスの夜

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“一時休戦”を決めた場に用意されたのは、サーロインステーキとリコッタチーズ、それにアルゼンチンを代表するマルベックワイン。12月1日、トランプ大統領と習近平国家主席はアルゼンチンのブエノスアイレスで長方形のテーブルを挟んで向かい合う夕食会で、約1年ぶりに再会しました。

トランプ大統領は酒を1滴も飲みませんが、よい雰囲気だったようで、首脳会談のあと、アメリカは来年1月に予定していた中国からの輸入品の関税の引き上げを一時見送ると発表。

しかし、中国による強制的な技術移転や、知的財産権の侵害、それにサイバー攻撃の問題などで交渉を始め、90日以内に合意できなければ、関税を引き上げる考えも明らかにしました。

「中国は次々と不当に最新技術を手に入れている」。アメリカには強い危機感があり、それが今回の会談結果に反映されました。実際はどうなのか?表面化した事例から見てみます。

中国の狙いは航空宇宙技術

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ことし4月。中国のスパイがベルギーで逮捕されました。中国の情報機関の徐彦君(Xu Yanjun)被告。2013年以降、アメリカでGEアビエーションなど航空宇宙関連企業から機密情報を盗もうとした疑いです。逮捕はアメリカの要請によるもので、10月に身柄が引き渡され、起訴されました。中国政府の当局者の身柄がアメリカに引き渡されるのは極めて異例です。

裁判資料によりますと、徐被告は、中国国家安全省傘下の江蘇省国家安全庁第6局の幹部で、航空宇宙の技術を担当していました。アメリカ中西部オハイオ州で、架空の学術振興組織の代表を名乗り、活動。そのオハイオ州にあるGEアビエーションは、ジェットエンジンや航空機を製造するトップメーカーです。

徐被告が狙いを定めて接近したのは、一人のエンジニア。「中国の大学で航空エンジンの最先端の素材について講演しないか?」。エンジニアは引き受けます。そして、2017年に講演。その謝礼として3500ドル(約40万円)が提供されます。渡航費用や食事、宿泊といった滞在中の費用も中国側が負担し、いわば”あごあし付き”の厚遇です。

徐被告側は、このエンジニアにさらに情報を求めます。ことし3月、「あらかじめ職場のコンピューターの情報をハードディスクドライブかUSBに入れて渡してくれないだろうか?」などとメールしました。徐被告は航空エンジンのデザインに関する情報を受け取れると期待して、エンジニアの出張先のベルギーに出向きました。そこで逮捕されたのです。

アメリカの捜査当局は企業からの情報提供により2013年12月から徐被告に目をつけていました。今回の摘発についてFBI(連邦捜査局)の高官は「アメリカの産業に対するスパイ活動に中国政府が直接かかわっていることが明らかになった」と強調。産業スパイ活動など4つの罪で起訴された徐被告が有罪となれば、最長25年の禁錮と罰金が言い渡されます。徐被告は無罪を主張。中国外務省の報道官も「全くのねつ造だ」と反論しています。一方、GE側は早期発見でFBIと協力したことで被害は最小限に抑えられたと説明しています。

半導体技術も狙われた

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一方、機密情報が盗み取られ、企業がばく大な損害を被った事例も明らかに。ことし11月、アメリカ司法省は、半導体大手マイクロンテクノロジーから製造や設計に関する企業秘密を盗み出したとして、産業スパイの罪で中国の福建省晋華集成電路と台湾のUMCの合わせて2社、それに台湾出身の3人の個人を起訴しました。

裁判資料によりますと、標的はDRAM(記憶用の半導体)。マイクロンは、DRAMを製造しているアメリカ唯一のメーカーです。一方、中国にはDRAMメーカーがありません。盗み出された情報の価値は87億5000万ドル(約1兆円)にも上るということです。

中国政府はDRAM技術の開発を優先課題に指定しており、中国の福建省晋華集成電路などは盗み出した情報を基に去年3月までに5つの特許を申請。さらに、みずからの特許を侵害しているとして、マイクロンの中国市場進出を阻もうとまでしました。

司法省は「アメリカに対する中国の産業スパイは急激に増えている。もうたくさんだ」と中国を強く批判。中国の福建省晋華集成電路に対しては、アメリカ商務省が安全保障上の重大なリスクがあるとして、10月にアメリカの部品などの輸出を制限すると発表したばかりだったこともあり、注目を集めました。

産業スパイ網は全米か

中国がアメリカに張り巡らせた産業スパイ網も浮かび上がっています。イリノイ州シカゴで、27歳の男がスパイの容疑でことし9月に逮捕され、その後、起訴されました。

紀超群(Ji Chaoqun)被告は、2013年に留学ビザでアメリカに入国、大学で電子工学を学びます。江蘇省国家安全庁の指示で工作員として動いていた紀被告は、新たな産業スパイの候補8人の情報を入手するよう求められます。

8人は、アメリカ国籍を取得した中国と台湾の出身者で、アメリカの航空産業などのエンジニア。紀被告は2015年8月、中国側に「中間試験の過去問題」というタイトルでメールします。送信したのはアメリカの民間の調査会社から買い取った8人の個人情報が記された8つのPDFファイル。中国政府や中国企業は購入できない貴重な情報です。アメリカの報道によりますと、ベルギーで逮捕された徐被告は、この紀被告の上司だったということです。

新たなスパイの担い手

今、アメリカでは中国が進める“新たな産業スパイの発掘”にも懸念が広がっています。スタンフォード大学のフーバー研究所は、11月29日に中国の専門家30人による200ページの報告書をまとめました。「中国当局が欲しがっている企業秘密にどれだけアクセスできるか、さらに会社規約や法律を順守しない姿勢がどれだけ強いかによって狙いを定めている」として、中国系でない学生や研究者などが”非伝統的な情報運び屋”として、対象になっていると分析しています。

さらに報告書は優秀な人材を海外から呼び寄せたり、呼び戻したりするための中国の「千人計画」についても警告しています。「千人計画」は2008年に始まった制度で、ゲノム編集で遺伝情報を書き換えた赤ちゃんが産まれたと主張する中国の研究者も「千人計画」の参加者として、アメリカ留学から中国に帰国したと言われています。

フーバー研究所の報告書では、アメリカの政府系機関に所属する300人、民間企業の600人が「千人計画」から資金を受け取っているとしており、研究者自身がその情報を公開するよう義務づけるべきだと提言しています。

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疑念深めるアメリカ

中国企業はアメリカの最新技術を不当に入手しているのではないか、という疑念が深まる中、アメリカ政府は、シリコンバレーの企業などへの投資や買収の条件を厳しくしています。

中国が産業スパイ活動を強化しているから、トランプ政権は、対抗して規制や制裁を強めるのか。それともトランプ政権が規制や制裁を強めるから、中国企業が正面から技術を買えず、産業スパイが増えているのか。

ウィンストン・ロード元中国大使は「米中関係はこのままでは正面衝突する。1970年代の国交樹立以降でもっとも深刻な分岐点にある」と指摘します。”デジタル覇権”を守りたいアメリカと、国の発展のため何としても最新技術を獲得したい中国。2つの大国は互いに抜き差しならない状況の中、向かい合っています。

飯田 香織
ロサンゼルス支局長
飯田 香織
1992年入局
京都局、経済部、
ワシントン支局などをへて
2017年夏からロサンゼルス