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退任から5年半 白川前日銀総裁が思うのは

日銀の前の総裁、白川方明氏を覚えていますでしょうか。今の黒田総裁の前の日銀総裁です。2008年から2013年までの、リーマンショック、ユーロ危機、そして東日本大震災と、金融危機や大災害、歴史的な円高のなか、金融政策の運営にあたってきた人物です。

当時、日銀は金融緩和に消極的だ、小出しだとの批判も浴び、白川氏はその矢面に立っていました。退任後、5年半にわたってメディアの前に姿を現さなかった白川氏。単独インタビューを通じて、金融緩和の本当の役割とは何か、今の日本経済が直面する真の課題は何なのかを掘り下げます。(おはよう日本 おはBizキャスター 豊永博隆)

白川前日銀総裁は今

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白川方明氏は今、青山学院大学で金融論を教えるとともに、今も海外の国際会議に参加し、中央銀行の幹部経験者たちと国際金融や世界経済について議論を交わしています。

大著「中央銀行」は読みやすい?

沈黙を守ってきた白川氏ですが、2018年10月に「中央銀行」という著書を出版しました。700ページ以上ある大著ですが、想像していたよりは読みやすく感じます。

なんでも、編集担当者は全くの経済・金融の素人。やり取りのなかで、分からない表現は分からないと言われたことで、だいぶ表現がこなれたと白川氏は冗談交じりに語っていました。

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インタビューではまず、なぜ5年半沈黙を守ってきた白川氏が本を出版しようと思い立ったのかを尋ねました。

「金融政策をめぐって内外でいろんな議論が行われ、意見が鋭く対立するケースが過去にもありました。なぜ意見の違いが生じるのかと考えると、中央銀行の役割について、人々の理解のしかたが違うことに起因していると感じたのです」(白川氏)

背景にあるのは、長期的な視野で金融・経済を考える中央銀行と、短期的な視野で結果を求める、政治や社会、消費者とのズレ。それを少しでも埋めたいという強い思いです。

理解の違い(1)円高と金融政策

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理解の違いの一つとして白川氏があげるのは、円高と金融政策の関係です。

白川氏が総裁を務めたとき、日本は歴史的な円高に直面しました。当時、円高是正のために積極的な金融緩和を求める声は、強まることはあっても弱まることはありませんでした。

「為替レートが決まるうえで一番大事な要因は、日本と海外の内外金利差ですよね。日本は当時、短期金利ゼロ、長期金利ももうすでにかなり低い状態。一方、海外の金利は高い水準。このような状況で金融危機が起きて各国が金利を下げるとどんなに日本銀行が頑張っても金利差は拡大しない。金融危機が起きたときに日本はそういう位置にいたということなのです」(白川氏)

そして、2012年秋ごろから円安方向にふれたのは、ユーロ危機の収束とタイミングがほぼ一致していることが大きな要因だと白川氏は説明します。

理解の違い(2)金融緩和の効果

もう一つの、白川氏が理解の違いとしてあげるのは、今や日銀の代名詞のようになっている「金融緩和」です。

「金融緩和策とは、経済に大きなショックが加わったときに、できるだけ経済の変動を小さくするために行う政策です。この政策自体は本質的には将来の需要を現在に持ってくるという政策なんですね。需要の先食いですから数年間は頼れるけれど、ずっとは頼れないのです」

一般的に、金融緩和策は日銀が誇る強力なカンフル剤と思われがちですが、需要の先食いとはどういうことなのでしょう?

例えば企業が来期に設備投資をしようと考えているけれど、金融緩和で金利も低下したので、それなら今、資金調達して設備投資をしようという行動のことを指すと白川氏は説明します。

私なりにたとえ話をすれば、“早弁”みたいなものでしょうか。お弁当は1個しかない。昼休みに食べる弁当を午前11時に食べてしまっても、もう一つお弁当は出てこないということだと理解しました。

経営者からの忘れられぬ言葉

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白川氏は、ある経営者からの言葉が忘れられないといいます。

「金融緩和で世の中にお金を供給すれば経済が成長するという議論を聞くたびに、経営者としての自分の仕事は一体何なのかと自問してしまう」というのです。

「自分が努力せず、成長するということではなく、ニーズを把握し、コスト削減して最後に利益を出して雇用につなげていく。この集積が経済成長です。中央銀行は民間の活動をサポートする、安定した金融インフラをつくる仕事なのです」(白川氏)

“中央銀行は医者に似ている”

今、世界的に中央銀行の緩和的な政策に依存する動きが強まっています。例えばアメリカのトランプ大統領は利上げに反対姿勢を示し、FRBに対する批判を繰り返しています。

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白川氏は英語の慣用句を使ってこう説明します。

「英語で、 the only game in townという言葉があります。“唯一の選択肢”という意味なのですが、本来望まれている政策を実行してくのが難しい場合、手っ取り早く中央銀行に頼ろうという傾向を指しています。今、世界中で社会の分断現象が強まっていて、政策運営に必要なコンセンサスが非常に取りにくくなっているのです」

本来、必要な政策なのに、国民からは不人気のため、短期的に効果を上げやすい金融政策に頼ってしまう国が増えているというわけです。

白川氏は日本が直面する課題をこう指摘します。

「進行している少子高齢化と人口減少という変化に対して、本来変えないといけないのに、経済、社会の仕組みが適合できていない、あるいは遅れているところに日本経済の抱える問題の原因の1つがあったと思うんですね。これは金融政策では解決できない問題です。金融緩和策は必要な政策ではあるけれど、この政策をやっているうちに、だんだん物事が見えにくくなってきて、何が本質的な問題なのか、分からなくなる。それが大きな副作用でコストだと思います」

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白川氏との一枚(左は筆者)

最後、白川氏は中央銀行の役割は医者に似ていると語りました。病気や死を医者も中央銀行も全くゼロにすることはできないけれど、少しでも減らして、安定した、健康な社会・経済を築きたい。白川氏のセントラルバンカーとしての静かで、熱い思いです。

おはよう日本 おはBizキャスター
豊永 博隆
平成7年入局
函館局 サハリン駐在をへて経済部
金融・通商・エネルギー取材を長く担当
現在は経済部デスクを兼任