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“和牛”に立ちはだかる“Wagyu”

日本が世界に誇る食材の1つ「和牛」。口に入れると肉がとろけて、うまみが広がるあの瞬間がたまりません。日本はいま国をあげ、この「和牛」を世界に広げようとしています。輸出先として特に注目しているのがオーストラリア。国民1人当たりの牛肉の消費量は年間20.9キロと日本の3倍。牛肉王国に食い込むことができればチャンスは広がります。しかし、そこには、いく手を阻む圧倒的なライバルの存在があります。その名は「Wagyu」!いったいどういうことだと思いますか?(シドニー支局記者 小宮理沙)

17年ぶりに「和牛」解禁!

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ことし8月、オーストラリア最大の都市シドニーで、JETRO=日本貿易振興機構が日本の食材を売り込む商談会を開きました。

特にアピールしたのが「和牛」

オーストラリアは2001年に日本でBSEが発生して以降、日本産の牛肉の輸入を禁止してきましたが、ことし5月、安全性が確認されたとして、17年ぶりに輸入を解禁したのです。

世界有数の牛肉の消費地に、日本自慢の「和牛」を売り込むチャンスが到来したのです!

もう売ってますけど…

「でも、和牛って前からオーストラリアにあるよね?」

最初にこのニュースを聞いたとき、私は少し戸惑いました。レストランでも、精肉店でも「Wagyu」をたびたび見かけていたからです。

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I'm Angus Steakhouse(シドニー)

例えばシドニーにある有名レストラン、プレミアムステーキとして「Wagyu」を提供しています。

200グラムのテンダーロイン(腰肉)で、65オーストラリアドル(およそ5200円)。

こちらで一般的なアンガス牛は、同じグラム数で、39ドル(およそ3100円)ですから、かなり割高ですが、店の人気料理の1つだそうです。

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メニューをみると、しっかりと「Tajima Wagyu(但馬牛)」と書いてあります。

でも、その先をよく読むと、なんと産地は「ニューサウスウェールズ州南部」、街の精肉店に並ぶ「Wagyu」も、よく見ると、表示には「オーストラリア産」の文字が!

そうなんです。オーストラリアでは「Wagyu」という名前の牛が、昔から、たくさん育てられているのです。

ためしに聞いてみると、ほとんどの人は、「Wagyuは、オーストラリアで育てられている牛の一種だろ」という認識。

若い人を中心に日本発祥の牛だとは知られていないのです。

「Wagyu」大国!オーストラリア

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オーストラリアで「Wagyu」が生産されるようになったのは、およそ30年前。

オーストラリアWagyu協会によりますと、1990年に、アメリカ経由で、和牛の遺伝子を持つ雌牛が、翌年には、冷凍保存された和牛の精子や受精卵が輸入されたことが始まりだということです。

1990年代後半には、数千もの受精卵が持ち込まれるようになり、生産はどんどん拡大していったのです。

似て非なる「和牛」と「Wagyu」

ということは日本の「和牛」とオーストラリアの「Wagyu」は同じ?

いいえ。日本では、和牛どうしを掛け合わせ100%遺伝子を受け継いだ牛でなければ「和牛」とは認められません。

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一方、オーストラリアでは、和牛とそれ以外の牛を掛け合わせても「Wagyu」と認定しています。条件は、交配率が50%以上。つまり、片方の親が和牛の遺伝子を100%受け継いでいればいいのです。

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ほかにも50%以上のかけあわせはいろいろなパターンがあります。

育て方も違います。日本の和牛は、トウモロコシなどの穀物をたくさんあたえて、丁寧に太らせますが、「Wagyu」は、牧草に、一部小麦や大麦を与えて育てられるのが一般的です。

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ですから、肉質や風味も異なります。

「Wagyu」は、「和牛」よりも霜降りが少なく、脂のうまみよりも、赤身の肉そのものの味わいや風味が強いといいます。

とはいえ「Wagyu」は、オーストラリアで主流のアンガス牛などと比べると、食感がより柔らかいということで、赤身の肉を好むオーストラリアの人たちにも普及したそうです。

世界のスタンダードは「Wagyu」

オーストラリアはいまや世界有数の「Wagyu」の生産国になっています。

欧米諸国やアジアの国々にも輸出され人気になっています。

輸出量は、年々増え、2016年は推定で2万トン以上。

日本の2017年の牛肉輸出は2707トンですから、その規模の違いは明らかです。

世界市場でみれば、もはやスタンダードは「Wagyu」、「和牛」ではないのです。

「Wagyu」繁殖ビジネスも!

ただ「Wagyu」の生産には100%の遺伝子を持つ種牛が欠かせません。

そこでオーストラリアではこうした繁殖用の牛を育てるビジネスも広がっています。

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リック・ハンターさん

ニューサウスウェールズ州で牧場を経営するリック・ハンターさんは、およそ600頭の種牛を育てています。

他の牧場から和牛の遺伝子を100%引き継ぐ精子を取り寄せ、液化窒素で冷凍保存しています。

それを使って牧場にいるメスの牛を定期的に妊娠させています。

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生まれた牛は、しっぽの毛を一部切り取り、専門の施設で遺伝子検査をしてもらい、親の血統も記録して、交配率100%の牛であることを証明しています。

各地の牧場に出荷され、そこで、次々と「Wagyu」が生まれていきます。

3年前からは、牧場で生まれた牛の競売も始め、海外にも輸出しています。オーストラリア生まれの種牛さえも世界に広がっているのです。

「和牛」は受け入れられるか

こうしてみると「Wagyu」の存在感は「和牛」を完全に圧倒しています。

冒頭の「和牛」を売り込む8月の商談会でも、「Japanese Wagyu」と銘打って売り出しました。

「日本の和牛」といわなければならないのは不思議な感じがしますが、それがオーストラリアでの現実なのかと感じました。

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さて、そこで行われた現地のバイヤー向けの試食。中には「究極の牛肉」「信じられないおいしさ」と高く評価する声もありました。

その一方で、赤身の「Wagyu」を好むオーストラリア人には、上質の霜降りは受け入れられにくいかな、という声も。

価格もネックでした。そもそも値段が高いうえ輸送費もかさみます。

普及の足がかりは

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GAKU Robata Grill(シドニー)

そこで、いま現実的な普及の足がかりになりそうなのが日系のレストランです。

シドニーにある「GAKU Robata Grill」では、輸入再開とともに「和牛」を仕入れ、ステーキやにぎり寿司にして提供しています。

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霜降りに慣れていない人にもおいしく食べてもらえるよう、さっぱりしたわさび醤油や、レモンとブラックペッパーのタレなどを沿えています。

ステーキの値段は一皿43ドル(およそ3400円)、「Wagyu」のおよそ2倍の価格です。

そもそも「和牛」の仕入れ値が「Wagyu」の5倍になることもあるため、43ドルではとてももうからないのですが、まずは食べてもらうことが大切だと考えています。

物珍しさも手伝い、今のところ「和牛」と「Wagyu」の注文の割合は五分五分で、リピーターも出てきているといいます。

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オーナーシェフ 花倉嗣文さん

「口のなかでとろける感じは日本の和牛にしかありません。Wagyuとは別の肉。これが和牛だというのを、伝えられたらいいと思います」

張り合わず別の道を

花倉さんのいう「Wagyuとは別の肉」。

「Wagyu」に対抗して、「和牛」こそ本家本元だとするのではなく、全く違う食材としてアピールすることに、「和牛」普及の最初のヒントが隠れているのではと、確かに感じました。

輸入が解禁されてから8月までにオーストラリアに出荷した日本の牛肉はまだ3315キロ。

これから「和牛」がどんな料理になってオーストラリアに広がっていくのか、取材を続けていこうと思います。

小宮 理沙
シドニー支局記者
小宮 理沙