ニュース画像

ビジネス
特集
その動画は本物? “ディープフェイク”の衝撃

9月にアメリカで公開された、マイケル・ムーア監督の映画「華氏119」の中で、ナチス・ドイツのヒトラーが演説する映像にトランプ大統領の音声を重ねた、ちょっとドキッとする場面がありました。明らかに「フェイク(ねつ造)」だとわかるものですが、最近はねつ造にほとんど気付かない、精巧な「フェイク動画」の研究が行われています。例えば大統領の偽の演説動画が作られて拡散したら、どのような混乱が起きるか。世界のジャーナリストたちが、危機感を募らせています。(ロサンゼルス支局記者 飯田香織)

“メディアの信頼が低下している”

ニュース画像

9月にテキサス州のオースティンで開かれた、ONA(オンラインニュース会議)主催の、ジャーナリストたちの国際会議には、テック企業の代表も含め約2500人が参加して、フェイクニュース対策などについて議論を交わしました。

ニュース画像

メディアは「国民の敵」、自分に都合の悪いニュースは「フェイクニュース」と呼ぶトランプ大統領の言動は、多くの人のニュースの見方や考え方に着実に影響を与えています。会議では、実際に大手メディアのニュースの信頼が低下しているという調査結果や、メディアの信頼をおとしめることをねらったフェイクニュースの事例などが報告されました。

例えば、「銃撃事件のニュースではいつも同じ人物が被害者として出ている。“クライシス・アクター”(危機を演じる俳優)がいるに違いない」といったデマです。

「メディアが事件をねつ造している」というわけです。

次のフェイクは“動画”だ

そして「次の脅威」と指摘されたのが、「ディープフェイク」などと呼ばれる、精巧なフェイク動画を作る技術です。

去年ワシントン大学が、オバマ前大統領の動画に、若いころの音声を合成した演説動画を公開し、その「自然さ」から一気に関心が高まりました。

大学によると、オバマ氏の多くの動画をAIが「学習」することで、自然な口の動きを作り出したということです。

またニュースサイトのバズフィードは、やはりオバマ前大統領の演説に、有名コメディアンの音声をつけて「トランプ大統領は愚かだ」などと語らせる動画を公開しました。

従来、動画は静止画よりも加工が難しいと言われてきましたが、ニュース番組の動画が勝手に加工されて拡散されたりしたら、深刻な事態を招きかねません。

老ジャーナリストの危機感

ニュース画像
ダン・ラザー氏

こうした新しい技術への危機感を強めている一人が、長年、米CBSテレビのキャスターを務めたダン・ラザー氏(86)です。
会議中の講演で、「50年以上のジャーナリスト人生で今ほど危機的な状況はない」と語ったラザー氏に、インタビューをしました。

ーーー講演で「危機的」と表現したのはなぜですか?

今の大統領と政権が独裁体制だからだ。大統領がメディアを「国民の敵」と呼ぶ。歴史を振り返れば、こうした発言はさらに深刻な問題に発展する。このためジャーナリズムの危機であると同時に国家の危機でもある。

ーーー「ディープフェイク」のようなフェイク動画の拡散が現実味を帯びています。長年の経験からどう考えますか?

ニュース画像

まだ十分に問題が知られていないので注意喚起が必要だ。全く起きていないような出来事を、本物の映像のように加工する技術がすでにあり、進化している。映像を見た人たちが「ユーチューブやインターネット、テレビで見た」として本物だと信じ込ませるものだ。完全にフェイクな動画が日常になる直前のところに来ている。最大の対策は「知る」ということだ。こうしたテクノロジーがすでにあり、オンラインで見るかもしれない。テレビで放映されるかもしれない。そのため警戒せよ、と。

ーーーニュース報道にとって「命」ともいえる映像の信頼を維持するには何が必要ですか?

時間がかかるかもしれないが、視聴者は理解するだろう。もちろん、フェイクニュースを信じる人がいるように、フェイク動画を信じる人もいるだろう。しかし、こういうものがあることを伝えれば、アメリカ、さらに日本のような民主社会では、理解されると思う。

政府もフェイク動画対策に

9月5日、フェイスブックとツイッターの幹部に出席を求めた議会上院の公聴会でも、「ディープフェイク」対策が議論されました。

ニュース画像
米議会上院で証言する シェリル・サンドバーグCOO

加工された動画とわかることを表示するよう、上院議員が対策を要求したのに対し、フェイスブックのシェリル・サンドバーグCOO(最高執行責任者)は、「ディープフェイクは新しい分野だ。技術と人材への投資を通じて本物の情報を提供したい」と述べました。

技術の進化に対して、表示方法も規制も、議論はこれからです。

最新技術でフェイク対策

一方、ONAの会議では、「ブロックチェーン」の技術を使って、映像が加工されたかどうかを把握する案が示されました。

ニュース画像

ブロックチェーンは、金融決済や食品のトレーサビリティなどに使われている技術で、情報を改ざんすると記録が残ることから、映像が本物かどうかをチェックできるというものです。

日本もフェイクへの備えを

ニュース画像

アメリカの報道機関は、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれるテックジャイアントに対しては、個人データの保護や経営方針を鋭く追及する、「緊張関係」にあります。

一方でONAでの顔ぶれのように、フェイク対策では報道機関とテック企業が足並みをそろえたり、報道機関どうしが連携したりする動きも出ています。

インタビューの最後にラザー氏はこう話しました。

ニュース画像

私のジャーナリストとしての人生は終わりに近づいているが、テレビ報道に長く携わって学んだことがある。それは視聴者の良心を信じることだ。ほとんどの人は正しい判断をするための情報に接することができれば、正しい判断をする。

今アメリカで起きようとしているフェイク動画の問題は早晩、日本にもやってくるでしょう。視聴者を信じ、正しい情報を伝えるための備えが必要だと痛感しました。

飯田 香織
ロサンゼルス支局記者
飯田 香織
1992年入局
京都局、経済部、
ワシントン支局などをへて
2017年夏からロサンゼルス