ニュース画像

ビジネス
特集
スポーツの“失われた20年” 革新は?

全世界で実に1兆ドル(約110兆円)規模。最大の市場のアメリカでは自動車産業を上回る5000億ドル規模に達するとも試算されています。その産業とはー。「スポーツビジネス」です。日本でも東京オリンピック・パラリンピックを控える中、政府は2025年には市場規模を15兆円に拡大させる目標を掲げるなど、大きな注目を集めています。ところが取材を進めると、急成長する海外に日本は取り残され、「失われた20年」はここでもかと思わせる実態がかいま見えてきました。特に世界との差が開いているのが大きな柱である放映権です。その現状をネットによって根底から変えようという「ゲーム・チェンジャー」が現れています。(ネットワーク報道部記者 伊賀亮人 スポーツニュース部記者 佐藤滋)

サッカー界に衝撃を与えた“黒船”

訪ねたのは、おととし「黒船上陸!」という話題でスポーツ界に衝撃を与えた外資系企業です。

ニュース画像
Jリーグ村井満チェアマン(左)とDAZNジェームズ・ラシュトンCEO

サッカーJリーグと10年間で2100億円という巨額の放映権の独占契約を結び「DAZN」のサービス名でネットでの動画配信を始めたイギリスの「パフォームグループ」です。

それまでのJリーグの放映権料の4倍以上と日本では前例のない規模での契約でした。

2007年に設立されたパフォームグループは、もともとサッカー専門のニュースサイトの運営、スポーツデータの収集などの事業を手がけてきました。

動画配信事業に乗り出す際の市場としてドイツなどとともに選んだのが日本だったのです。なぜ日本だったのか、DAZN(日本)コマーシャルパートナーシップ本部長の平田正俊さんに理由を尋ねました。

ニュース画像
DAZN(日本)平田正俊コマーシャルパートナーシップ本部長

「他の国はテレビ局の力が強く新参者の私たちが進出するにあたってメインストリームのキーコンテンツがなかなか手に入らない中で、日本でサッカーを独占配信できるとなったことが大きかったのです」

日本では史上最高額の契約金が実は破格ではないというのです。

桁違いの放映権料 アマチュアでも

いったいどういうことなのか?調べてみると驚くべきデータがありました。

スポーツビジネスは主に、
▽試合での入場料や放映権
▽スポーツ用品などの販売
▽ゴルフ場やスキー場といった施設収入などから構成されます。

その大きな柱である放映権を海外と比較してみると、例えばイギリスのサッカー・プレミアリーグは3シーズンで約44億ポンド(=約6200億円)、1シーズンだけで約2100億円となんとJリーグの10年分です。

ニュース画像
プレミアリーグで活躍する岡崎慎司 選手

さらにアメリカでは大学バスケットボールの全米トーナメントが8年間で88億ドル(=約9600億円)の放映権契約を結んだと報じられています。

年間約1200億円とアマチュアでも日本とは全く違う金額です。

2100億円で独占的に放映権を獲得できたのはむしろ「お手ごろ」だったような気さえします。

広がる格差 ここでも「失われた20年」か

海外とはそもそも規模が違うーそうした思いも頭をよぎりましたが調べてみてさらに驚きました。

1996年時点でイギリス・プレミアリーグとJリーグの市場規模は実はほとんど同じだったと試算されているのです。

さらに野球も1995年当時はアメリカの大リーグと大きな差はありません。

ニュース画像
ニュース画像

それが今やプレミアリーグとは4倍以上、大リーグとは3倍以上にまで差が開いています。

それだけではなく日本のスポーツ産業全体の市場規模は、2012年までの10年間で7兆円から5.5兆円に縮小しているのです。

バブル崩壊後の日本経済が「失われた20年」と評されるように、スポーツも時代の変化に追いつけず海外の急速な成長から取り残されていたようです。

ネット配信でゲームチェンジを

そこに「ゲーム・チェンジャー」として登場したのがDAZNです。

Jリーグの放映権料は、これまで年間約50億円と横ばいの状況が続き、テレビ中継の視聴率も「低迷している」と指摘され続けてきました。

しかし、スポーツ中継の主体をテレビからネットに移すことで、こうした状況を根本から変えようとしているのです。

「今までスポーツ業界をマネージしていた人たちの考え方というか、スポーツをビジネスとしてとらえていないところがあったのではないでしょうか。ファンのライフスタイルに合わせてライブのスポーツのモーメントを提供することがいちばん大事だと思っています」(平田本部長)

スマホなどで視聴できるネット配信は場所を選ばない上、生中継を見逃してもいつでも視聴できます。

ニュース画像
スマホで動画視聴

複数の試合を同時に見たり、スタジアムで試合を観戦中にもリプレイを見たりと、さまざまな視聴スタイルも楽しめるというのです。

さらに、ネットではチャンネル数の制約もなくJ1だけでなくJ2、J3もライブで配信しています。

ニュース画像

ファンは好きなチームの試合をすべて見られる、つまりニーズに合わせてコンテンツが提供できるというのです。

放送に合わせてテレビの前に座るのは現代のライフスタイルに合わないというのがDAZNの指摘です。

“顧客の潜在的なニーズをとらえて事業にイノベーションを起こすことが苦手”そう指摘される日本経済の課題が、スポーツ界にも共通しているのではと感じました。

DAZNの加入者はこれまでに100万人を超え、月額1750円の利用料金で単純計算すると収入はJリーグの放映権料に相当する年間210億円に上っています。

中継にとどまらない関係

さらに取材を進めると、DAZNは想像以上にJリーグに深く関わっていました。

ニュース画像

入場者数が伸び悩む中、新規ファンを拡大する方策をリーグと共同で検討しているのです。

加入者の利用料金で収益を挙げるDAZNにとってはファンが増えれば加入者数の増加と収益の拡大につながります。

ニュース画像

両者は毎週、合同で運営会議を行い、入場者数や動画の視聴者数などのデータを共有しながらプロモーションの打ち方や中継手法などについて意見を交わしています。

フライデーナイトでファン拡大へ

ニュース画像

その結果、今シーズン導入されたのが「金曜夜」の試合開催です。

これまでJリーグは土日開催が基本でしたが、新しいファンを開拓し、取り込むのが狙いです。

従来のテレビ局のように中継だけにとどまらない関係に驚かされました。

そのことからは、単なる権利の買収ではなく事業を育てて収益を拡大するための「投資」だという側面が見えてきます。

実は金曜開催は週末より入場者数が減る可能性があるため、クラブから慎重な意見も出たと言います。

ただ、両者は新たな観客との接点を増やすための挑戦と位置づけています。

ニュース画像

Jリーグも「現在価値を超える大きな投資をしてもらった。ともにリーグをさらに魅力あるものにしたい」と受け止めています。

風穴を開けられるのか

ニュース画像

「デジタル技術で日本のスポーツをディスラプト(=創造的破壊)したい」(平田本部長)

あらゆるスポーツがDAZNを通じて配信される「ホーム・オブ・スポーツ(スポーツの新しい本拠地)」、プラットフォームになることを目標に掲げています。

実際、提供しているコンテンツもJリーグ以外にプロ野球11球団にバレーボールのVリーグまであります。

ことし2月にはバスケットボールのBリーグなどを中継してきたソフトバンクの「スポナビライブ」がサービスを終了し一部コンテンツをDAZNが受け継ぐと発表されるなど、さらに広がりつつあります。

今後、思惑どおり事業を伸ばすために、コンテンツの充実や映像再生のスピードなどといった課題があるほか、ユーザーにとっては、放映権料の高騰が負担増加につながらないかという懸念もあります。

ただ、海外からの“黒船”が存在感を急速に増している背景には、「失われた20年」を生んだ日本のスポーツ界の構造も背景にあるのではないでしょうか。

伊賀 亮人
ネットワーク報道部記者
伊賀 亮人
平成18年入局
仙台局 沖縄局を経て
経済部で経済産業省などを取材
佐藤 滋
スポーツニュース部記者
佐藤 滋
平成15年入局
スポーツニュース部でオリンピックやアジア大会の取材などを担当