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ワタリガニ 宮城で急増中! 異変のわけ

ワタリガニ。フットボールのような独特なフォルムをした、少し青みがかったあのカニです。「ガザミ」とも呼ばれるこのカニが、なぜか宮城県で急増しています。増え始めたのは7年前。東日本大震災のあとだといいます。宮城の海に、いったい何が起きているのでしょうか。
(仙台放送局 石巻支局記者 保井美聡)

三陸の海の幸? ワタリガニ

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5月中旬、宮城県七ヶ浜町で開かれた地元の水産物を販売するイベント。ホヤやウニといった三陸を代表する海の幸と一緒に、なぜか大量のワタリガニが並んでいました。「七ヶ浜町の新たな名物」なのだそうです。

ワタリガニは甲羅の幅が15センチほど。ズワイガニなどと比べると小型ですが、甘みの強い身や濃厚なミソ、それに「内子」と呼ばれる卵がおいしく人気のカニです。トマト風味のパスタや、みそ汁で食べたことがあるかと思います。

北は北海道から南は沖縄まで、日本の沿岸のどこでもとれますが、産地といえば福岡県や愛知県などでした。

突然、全国1位に!

もちろん宮城でも、以前からワタリガニはとれていました。といっても年間数トン程度で、国内漁獲量の1%にも満たない状況でした。

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ところが7年前の平成23年、状況が一変しました。東日本大震災の年以降です。

震災が発生した平成23年に9トンだった漁獲量は、翌年には30トンに。その後、すさまじい勢いで急増して平成27年には、500トンを突破。全国1の漁獲量になったのです。

平成28年には660トンに達し、国内漁獲量のおよそ3割を占めるまでになりました。

漁業者もびっくり

震災前、七ヶ浜町の魚市場にワタリガニが水揚げされることは、ほとんどありませんでしたが、去年は200トンも水揚げがあり、一大産地に変貌しました。

漁協の支所長の佐々木一仙さんは「漁獲量は、2倍、3倍という規模ではありません。数百倍に増えています。今では東京の築地市場にも出荷し、ワタリガニ専門の漁業者もいるほどです」と話しています。

繁殖には失敗しました

宮城県で突然増え始めたワタリガニ。実は一時、ワタリガニの繁殖に取り組んできた歴史があります。

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1980年代から1990年代にかけて、宮城県が新たな名物にしようと、稚ガニを放流していました。ワタリガニは浅瀬に生息するので、沿岸で操業する小規模な漁業者の収益にもつながると考えたのです。

しかしうまくいかず、20年ほど前に繁殖をやめてしまいました。

頑張っても増えなかったのに…

なのに、なぜ、ワタリガニが信じられないような勢いで増えたのでしょう?

宮城県の水産技術総合センターは、温暖化で、海水温がワタリガニが好む温度に上昇してきたことを1つの理由に挙げています。

でも、お隣の岩手県など、同じ三陸沿岸で漁獲量が増えているわけではありません。

なぜ宮城県だけなのか? センターが最大の要因に挙げるのが、東日本大震災による海底の変化です。

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センターが行った調査では、震災後、宮城県南部の沿岸で、海底の泥が増えているのです。津波の引き波で、陸上や干潟の泥が、沿岸の海底に運ばれてきたためとみられています。

ワタリガニは、冬場に海底の泥の中で冬眠する習性があります。泥が増えたことで、ワタリガニにとって生息しやすい環境になったのでは…。センターではそう分析しています。

宮城県は、今年度からワタリガニの生態について詳しい調査を始めます。水産技術総合センターの山崎千登勢技師は「ワタリガニがこの先も、大量に繁殖し続けるなら、漁業者はもちろん水産加工業にもプラスになる」とワタリガニの経済効果を期待しています。

ワタリガニを新たな名産に

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ワタリガニを新たな名産品として売り出していこうという動きも始まっています。

ことし5月、宮城県南部の亘理町で、ワタリガニの試食会が開かれました。主催したのは被災地の支援を続けている料理人の団体。東京の高級ホテルの総料理長や有名ラーメンチェーンの社長たちが、ワタリガニを使った鍋料理やグラタンなどを作り、商品開発の知恵を出し合いました。

ラーメンチェーンの社長は「ほかの高級ガニよりも安く入手できるし、だしの味もいいので食材としては魅力的。前向きに新商品の開発を検討したい」と話していました。

ワタリガニよ永遠に

宮城県の水産業は、東日本大震災で大きな被害を受けました。サンマやホタテの不漁にも悩まされ、担い手も減っています。そんな中で、急増するワタリガニ。被災地の水産業の新たな柱に成長するか、関係者の期待も高まります。

保井 美聡
仙台放送局 石巻支局記者
保井 美聡
H26年NHK入局
経済取材を担当