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宇宙からやってくる見えない脅威?!

仕事帰りに夜空を見上げ、「宇宙は最後のフロンティアだ…」などとつぶやいて、宇宙船での大冒険に思いをはせる。そんな人は多くはないと思いますが、宇宙と聞くとどこか私たちからはかけ離れた世界だと感じてはいませんか?しかし、「宇宙船」ではなく、宇宙から降り注ぐ「宇宙線」が私たちの生活に影響を与えていると聞くと、少しイメージが変わってくるかもしれません。この「宇宙線」が、いま研究者の注目を集めています。
(大阪放送局記者 三谷維摩)

“謎のエラー” 身に覚えは?

スマートフォンやパソコンを使っていて、突然、フリーズした。デジタルプレーヤーで音楽や映像を楽しんでいると、急に止まって再起動した。

こうした経験がある人は多いのではないでしょうか。ソフトが不調だったり、機器自体が古くなっていたり、原因はいろいろと考えられます。多くの場合、再起動するとまた元どおり、何事も無かったかのように使えます。分解して調べてみてもどこにも故障はありません。「まあ、こんなこともあるか」と済ましてしまいます。

ところが、研究者の間では、以前から、電子機器が誤作動する、ある原因が指摘されてきました。それが「宇宙線」なのです。

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宇宙線は、宇宙から降り注ぐ天然の放射線の一種です。宇宙から直接、地上に来ることもあれば、そうした宇宙線が地球の大気にぶつかった際にできる、細かな粒子も宇宙線の一種とされています。

これらの粒子は「中性子」や「ミューオン」などと呼ばれ、地上に絶え間なく降り注いでいます。ただ、宇宙線はごくごく小さな粒です。粒はあまりに小さいので、岩でも建物でも、果ては私たちの体まであらゆる物を通り抜けてしまいます。私たちには感じることもできません。しかし、感じられなくても、手のひらほどのスペースなら1秒に1回程度のペースで宇宙線は降ってきているとされています。

さて、宇宙線の粒はなんでも通り抜けてしまうと書きましたが、数多く降り注いでいると、偶然、地上にある物の分子や原子にぶつかることがあります。通常はぶつかっても大きな影響はありません。それほど粒が小さいからです。

では、宇宙線が、偶然、電子機器の頭脳にあたる半導体にぶつかるとどうなるのか?。内部で特殊な電気的な反応が起こり、半導体に記録されたデータが部分的に乱されてしまいます。電気的な反応なので装置や回路自体が壊れることはありません。しかし、データは乱れてしまうのです。

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特に最近の集積回路は非常に小さく、精密に設計されているため、ごくわずかな乱れでも誤作動につながってしまいます。これが宇宙線による誤作動の正体です。ちなみに機械自体に起こる不具合を「ハードエラ-」と呼ぶのに対して、データ上で起こる誤作動は「ソフトエラー」と呼ばれています。

本当にあった「ソフトエラー」

そうは言っても、宇宙線が偶然、半導体にぶつかり、それによって誤作動が起きる確率は非常に小さなものです。技術者の間ではこれまでも理論上、想定されていましたが、いつどこで起こるのかは予想できません。なので、どれくらいの影響があるのか、よく分かっていませんでした。

そこで実験に乗り出したのが大手電機メーカー、日立製作所の研究所です。この宇宙線によって起こるソフトエラーの頻度を確かめる実験を進めてきました。

どういう実験かというと、半導体をおよそ1000個並べて、ソフトエラーが起こるまでじっと待つというものです。宇宙線が降ってくるのをただ待ちます。よけいなノイズが入らないように室内に装置を置いて、半導体内部のデータの動きをモニターします。ただ、宇宙線が、偶然この場所に並べられた半導体の真上に降り注いだとしても、分子の隙間をすり抜けてしまうような小さな粒ですから、うまく半導体に当たる保障はありません。

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半導体を約1000個並べた実験装置

そして、待つこと1か月間。実験装置の半導体の記録を調べたところ…。起こっていました。およそ1000個の半導体内部のデータに記録された誤作動は1か月間で11回。よけいなノイズは可能な限り排除していますから、11回の誤作動は、宇宙線によるソフトエラーと考えられます。これをスマートフォンに換算してみますと世界中で毎日30万台余りがエラーを起こしている計算になります。

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研究所によりますと、これまで、こうした実験が行われたことは無かったということです。宇宙線によるソフトエラーの頻度を実際に実験で確認したのは、世界で初めてと見られます。

研究を行った鳥羽忠信主任研究員は次のように話していました。「私自身、装置の設計開発部門を担当していたことがあり、ソフトエラーについて知識は持っていたのですが、それでも本当に起きるとはなかなか実感できませんでした。こうしてエラーを目の当たりにすると、誰もが対策の重要性を実感すると思います」。

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宇宙線は無視できないリスク

「対策の重要性」
そうです。この宇宙線によるソフトエラーは対策が必要なリスクになってきています。スマートフォンが再起動するくらいなら、たいした影響ではないと思うかも知れませんが、実は、気がかりな事例が起きています。

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2008年にオーストラリアの航空機が、飛行中に突然急降下して、100人以上がケガをしました。オーストラリア政府が事故原因を調査しましたが、その結果、原因として指摘されたのは、「宇宙線の影響」だったのです。航空機のシステムが宇宙線によって誤作動した可能性が否定できないとされたのです。報告書は「宇宙線はまさにそこにあるリスクだ」と指摘しました。航空機の場合、現在は、複数の半導体を搭載するなどして、万が一、1つに誤作動が起こっても事故にはつながらないよう対策が取られています。

現代社会はコンピューターや半導体を搭載した電子機器が、それこそ洪水のようにあふれています。それだけではありません。最近は「自動運転」や「ドローン」など次々と新しい技術が開発され、医療分野でも外科手術のサポートをロボットが行っています。身の回りの物がネットワークでつながるIoT社会やAIが社会を動かす時代もそう遠くは無いと思われます。

そんな中で、宇宙線によるソフトエラーが、大事な場面で、大事な場所で起こると、想像もつかないような大きな被害が出るおそれがあるのです。宇宙線はもはや無視できないリスクとなっています。

「宇宙線対策に力を」

ことし3月、大阪・豊中市で、産学官が連携した研究グループによるシンポジウムが開かれました。テーマは宇宙線によるソフトエラーです。参加した研究者たちは、「今のうちに宇宙線対策に力を入れるべきだ」と警鐘を鳴らしました。

研究者や技術者の間では、これまでも宇宙線によるソフトエラー対策が取られてきました。例えば、日本のスーパーコンピューター「京」は、万全の対策が取られているそうです。また、システムメーカーの中にはソフトエラーの検出や訂正機能を備えた製品を製造しているところもあります。しかし、コストがかかることもあって、あらゆるところで対策が取られている状況ではありません。

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これについて研究会の中心となっている大阪大学の橋本昌宜教授は次のように話しています。「いままでソフトエラーを気にしているのは、半導体メーカーや交通インフラのような社会システムに関わるような限られた人でした。IoT社会になると電子機器を扱う人や業者は一気に増えるので、問題意識はどんどん広がると思います」。

そこで橋本教授らのグループは、現在よりも手軽な手法でソフトエラー対策を見つけ出そうとしています。大阪大学で「加速器」と呼ばれる巨大な装置を使って、人工的に宇宙線と同じ「中性子」を作り出し、これを半導体にぶつける実験を繰り返しています。半導体メーカーなどとも連携し、どれぐらいの強さの宇宙線がぶつかるとエラーが起こるのか、集積回路のどの部分がエラーに弱いのかなどを解明するためです。将来的には実験結果をもとに、宇宙線に強い新しい半導体の開発や、ソフトエラー対策の基準策定などにつなげようとしています。

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この研究は経済界からも大きな注目を集めています。グループには電機メーカーや自動車メーカーなど幅広い分野から15団体が参加しているということです。グループによりますと、「自動運転」の分野でも、今後、ソフトエラーの安全基準を議論していく方針だということです。

また、このほかにも宇宙線対策に関わる会社やサービスが増えてきているということで、新たな技術開発の現場でソフトエラー対策は避けては通れないテーマになっています。

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スマートフォンの調子が悪いという話から、将来的な社会のリスクまで、話題が広がってしまいましたが、宇宙線によるソフトエラーの問題は、電子機器が社会の中でより大きな存在となってきたことによる「新たなリスク」とも言えます。なるべく早く、大きな被害が出る前に、対策を進めておくことが重要です。宇宙船に乗って広大な宇宙を旅することは、今の私たちにはできません。けれども、すでに大勢の研究者や技術者たちが、宇宙からやってくる目に見えない脅威と戦っています。その活躍に期待しながら、夜空を見上げてみてはいかがでしょうか。

三谷維摩
大阪局記者
三谷 維摩
平成21年入局
徳島局 金沢局をへて大阪局
現在 科学・医療や文化を担当