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「育てる漁業」の時代へ

秋サケにサンマ、それに、スルメイカ。旬が来れば、安くておいしく食べられる庶民の味方… だったはずですが、ことしは軒並み値上がりし、品薄のため店先で見かけることも少なかったかもしれません。

その原因は、記録的な不漁です。水温の変化などの環境要因から、海外勢による乱獲までさまざまな背景が指摘されていますが、いずれにしても「捕る漁業」が毎年安定して水揚げを確保するのが難しいことには変わりはありません。そこで、今、がぜん注目されているのが「育てる漁業」です。(経済部記者 佐藤庸介)

北極圏の巨大養殖場

日本の大手商社がサーモンの養殖で成果を挙げているという情報を聞き、現場へ向かいました。とは言っても、現場は北欧ノルウェー、しかも、北緯70度の北極圏の海です。

成田から飛行機を3回乗り継ぎ、船を走らせ、1日半かけて到着。目にした光景は、フィヨルドの波穏やかな海面に浮かんだ、いくつもの巨大な「生けす」でした。1つの直径は50メートル余りと、日本のものの倍以上。それが10台も並んでいました。

ここだけで、去年の日本の秋サケの漁獲量の4%ほどに当たる3700トンのサーモンが育てられています。日本では、これほど大規模な養殖場は見たことがありません。

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ワンクリックで餌やり

省力化も徹底されています。養殖場内の管理棟にいるのは、わずか3人か4人。これだけで、78万匹のサーモンを飼育しているというのです。

このうち、餌やりを担当しているのは、たった1人。現場には行きません。管理棟の中の席に座り、家庭用ゲーム機のコントローラーを使って、水中カメラを操作。モニターに映る生けすの中の映像で、サーモンが空腹になり餌を求めて水面近くに上がってくる様子が確認できたら、クリック。これだけで、指示した分の餌が生けすに放出されます。

餌やり担当の男性は「この席から施設全体を制御できる。とにかく魚をいつも満腹にさせておくことが重要なんだ」と話していました。

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搬入から出荷まで2時間

水揚げから出荷までの工程も効率化が徹底されています。水揚げは大きなパイプで、生きたまま魚を吸い上げて、船に移します。その際、画像認識の技術を使って、魚の数や大きさを瞬時に計測。船から加工施設へ運ばれると、自動的にすべての箱に22キロの魚が入るよう振り分けられ、搬入から2時間で日本を含む世界各地へ出荷されていきます。

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このノルウェーの養殖会社「セルマック」を傘下に持つのは「三菱商事」です。世界的に水産物の需要が高まると見込み、3年前に買収しました。このところの不漁の影響もあり、価格や量が安定している養殖サーモンは、スーパーや外食企業を中心に引き合いが強くなっているということで、70億円を投じて新たな加工施設を整備して、これまで手がけていなかった切り身の加工も始める計画です。

この会社のトップを務める佐藤裕さんは「アジアを中心にマーケットのすそ野が拡大している実感がある。商社の資本力を生かして今後も投資を続けたい」と話していました。

日本での新たな技術が続々

日本でも「育てる漁業」の可能性に挑む動きが相次いでいます。ただし、日本ではすでに沿岸が工場向けに開発されていたり、漁業権によって制限を受けていたりと、新たに養殖に利用できる海が限られている事情があり、ノルウェーと同じような規模の大きさを追求する方法は適しません。

こうした不利な条件を克服しようと、新たな技術が今、続々と登場しています。まずは、制約が多い沿岸部ではなく、沖合での養殖の可能性を広げる動きです。

水産大手の「日本水産」は、鳥取県境港の沖合3キロでサーモンを養殖しています。通常の養殖は、餌やりなど魚の面倒を見る必要があるため、岸からほど近いところで行うのが常識でした。沖合での養殖を可能にしたのは、自動で餌やりを行う装置です。

海に浮かんだこの装置から海中に疑似餌がぶらさげられていて、この疑似餌を魚がつつく回数を計測します。つつく回数が多いときは食欲が旺盛だと見て、自動的に放出する餌の量を増やすシステムです。

人が沖合まで頻繁に行かなくても効率的に魚を育てることができ、出荷時の魚の重さを通常より2割以上増やすことにつながったということで、今後、サーモン以外にも応用していく方針です。

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海がダメなら陸で!

「いっそのこと、陸で養殖を」という取り組みにも注目が集まっています。福島県に本拠がある「林養魚場グループ」が、ことし7月、鳥取県琴浦町に設けたサーモンの養殖場は、海ではなく陸の上にあります。

陸上での養殖はきれいな水を大量に確保しなければならず、川など水を引き込む水源が不可欠でしたが、この施設には、そういったものは必要ありません。いったん水槽に水を満たせば、基本的には循環して使い続けられる技術を確立したのです。

鍵になったのは、魚の排せつ物を浄化するシステム。細菌、いわゆるバクテリアの働きでアンモニアなどの有害物質を分解することに成功し、水を循環して使うことで水温の維持も簡単になります。その結果、大規模な施設を陸上に作ることが可能になったのです。

この施設には全国から視察が相次いでいるということで、会社の林愼平会長は「消費地に近い町の中でも養殖ができるようになる。この施設でその先駆けになってみたい」と話していました。

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「捕る」から「育てる」へ

新興国の経済成長や健康志向の高まりで世界的に魚を食べる動きが広がり、需要も高まっています。一方で、クロマグロをはじめとして国際的な水産資源の保護の動きも強まっています。

日本で長い間、親しまれてきた魚をいつまでも手軽に食べ続けられるようにするには、「捕る漁業」の持続性を保ちつつ、「育てる漁業」も伸ばしていくことが欠かせません。

政府も養殖漁業をめぐる規制の緩和を検討していて、今後、新たな技術の力を得ながら、「育てる漁業」がさらに広がっていくことを期待したいと思います。

佐藤庸介
経済部記者
佐藤庸介
平成13年入局
釧路局をへて経済部
現在、流通・商社を担当