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なぜ人は真ん中の商品を選ぶのか

夕食用に安い輸入牛肉を買おうとスーパーにいくあなたを想像してください。売り場に着くと、棚には3つの商品が。下の棚には100グラム300円のオーストラリア産、真ん中には800円の国産牛、そしていちばん上には2000円の高級黒毛和牛です。
買おうと思っていたのは下の輸入牛肉のはずなのに、上の棚の高級黒毛和牛が目に入り、迷ったあげく…なぜか真ん中の棚にあった予算オーバーの国産牛を買ってしまった経験ってありませんか?
これは偶然でもなんでもなく、人は極端な選択を避けようとするという、学問的に証明された“人間らしい”行動なのです。その学問とは「行動経済学」。これが分かれば、あなたはもっとお得な生活を送れるかもしれません。
(経済部記者 小田島拓也)

身の回りの“あるある”

人間の行動を心理学的なアプローチから分析する行動経済学。
まず、はじめに“あるある”な出来事を見ていきましょう。

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ゴルフに行ったAさん。ショットが右にそれて、ボールが林の前に。ふだんは慎重なショットを心がけるのに木々のわずかな隙間からグリーンが見えたとたん、木のあいだからグリーンを狙う大胆な策に。結果、あえなく木に直撃してしまいました。

奇跡を信じてしまう気持ち、よく分かりますが、行動経済学では、人は一面的な情報に頼って、楽観的、自信過剰になってしまうことがあると考えられています。

娘の将来の教育費のために、毎月コツコツ3万円貯金してきた堅実派のBさん。ある日、友人の誘いを断り切れずに競馬場に行き、何気なく買った500円の馬券が大当たりして3万円になりました!

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友人たちに気前よくおごり、一晩で使い切ってしまいました。

コツコツと貯金してきたBさん。同じ3万円なはずなのに想定外の臨時収入が、Bさんの行動を変えてしまいました。

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脇腹つつく“ナッジ”で行動変える

ことしのノーベル経済学賞に、行動経済学の権威、アメリカ・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が選ばれたことで今、一気に注目が集まっています。

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人間はそもそも合理的なんかじゃない、という前提のもと、みずからの目標を達成するため正しい選択をすることの手助けができないかと考えたセイラー教授。“ナッジ”というアイデアを提唱しました。

ナッジ=nudgeとは、英語で注意や合図のために人の脇腹をひじでやさしく押したり、軽くつついたりするという意味です。「おいおい、それでいいの?」とひじでつっつく、そんなイメージが行動経済学なのです。

広がる“ナッジ”の活用

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行動経済学、ナッジの知見を取り入れた事例としてよく紹介されるのが、アメリカのIT大手グーグルの社員食堂です。

福利厚生の一環で24時間、無料で食べ放題にしていましたが、社員が太ってしまうという副作用が目立ち始めました。そこで、グーグルは行動経済学に基づき、食べすぎを防ぐ、ちょっとした工夫を行いました。

まず、サラダバーをいちばんいい場所に配置。自然とサラダを食べる量が増えます。容器のサイズも小さくし、一度に盛ることができる量を減らしました。飲み物も、もっとも目につきやすいところに水を置き、炭酸飲料は移動、スイーツも少し離れた場所に並べました。こうした簡単な仕掛けで、社員の減量や健康管理に大きな効果があったといいます。

また、IT大手、オラクル傘下のエネルギー関連企業、オーパワー社は、行動経済学の理論をもとに、省エネを進める取り組みを展開しています。

あなたと同じような家族構成の家庭だと電気料金がもっと安くなっているよと伝え、具体的な省エネのアドバイスを送ります。「人は、比較されることで頑張ろうとする」という行動経済学の理論を用いることで、実際に顧客を増やし、これまでに世界10か国、約100社との間で継続的に2%の電力消費量の削減に成功したとしています。

エコドライブしていますか?

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日本でも人の行動を変えることによって、省エネを促す試みが始まっています。

燃費効率がよくなってCO2が削減されるエコドライブ。ドライバーにとってもガソリン代を削減でき、よいことづくめですが、実際には、ついアクセルをふかしたりと、環境に悪い運転をしがちです。そこで、二酸化炭素の削減に取り組む環境省が行動経済学の考え方を取り入れた実証実験を始めています。

実験ではスマホに入れた専用のアプリで、ドライバーの特性を把握します。GPSセンサーで、急発進や急ブレーキをしていないか、一定の速度で運転しているかなどを診断。運転が終わると、発進や減速などのスキルが100点満点で評価されます。

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点数は他のドライバーと比較され、順位が示されます。さらに無駄な加速や減速が多いと「燃費が悪化します」というアドバイスも表示されます。肯定的な表現で伝えるより、「悪化する」というマイナス情報を与えるほうが人はそれを避ける行動をとりがちだという理論をもとにしています。

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もちろん、「燃費が改善します」と言われた方がエコドライブをするモチベーションがわくという人もいるかもしれません。このため、実験を進める「デロイト トーマツ コンサルティング」は、数千人のドライバーを対象に、人によってどんなアドバイスを送ればいちばん効果があるかを検証しながら、5%の燃費削減を目指すことにしています。

ビジネススクールでも行動経済学

名古屋商科大学の岩澤誠一郎教授は、ビジネススクールで行動経済学を教えています。

ビジネススクールの講義に取り入れている理由として、たとえば、取引先の顧客が非合理的な選択をしてしまいそうなときや、部下が問題行動に陥っているときに行動経済学の考え方を理解して議論すれば、よりよい解決策を提示できると話します。

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行動経済学を上手に活用するすべ

一方で、行動経済学に対しては、政府や企業がこの理論を利用して、消費者の知らないうちにある結論へと導いてしまうのではないかという疑念も持ち上がります。実際、セイラー教授やナッジというアイデアに対して批判の声もあります。

取材を通じて感じたのは、自分の判断力を謙虚に見つめることの大切さです。
ダイエット中に、甘い物に手を出してしまうかどうか、ゴルフで奇跡のショットを打てると信じるかどうか、最終的に決めるのは自分なのです。

ただ、人間というのは常に正しく合理的な判断ができるとは限らない。行動経済学の知識が少しあれば、お得な判断にむすびつくかもしれません。

そんなことを書きつつ、私はきょうもスーパーで、上の棚にある高級黒毛和牛に目がいき、分かっていながら真ん中の棚にある予算オーバーの牛肉を購入してしまいそうですが。

小田島拓也
経済部記者
小田島拓也
平成15年入局
甲府局 首都圏をへて経済部
現在 金融担当