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○○人材が不足! あのトヨタが狙うのは?

7月下旬、私たちのもとに「JR南武線の沿線で、ある求人広告が話題になっている」という情報が寄せられました。広告を出したのは国内最大の企業「トヨタ自動車」。現場に行ってみると、「えっ!?あの先端メーカーにお勤めなんですか!」「シリコンバレーより、南武線エリアのエンジニアが欲しい」などとトヨタへの転職を呼びかけるポスターが目に飛び込んできました。これらのポスターはいったい何を意味しているのか。取材を進めると、ある人材をめぐる自動車業界の激しい争奪戦が見えてきました。(経済部・吉武洋輔記者/山根力記者/早川俊太郎記者)

なぜJR南武線?

私たちがまず向かったのは、川崎市と東京・立川市を結ぶJR南武線の向河原駅。
まずはこの動画から。

駅のホームには「えっ!?あの先端メーカーにお勤めなんですか!それならぜひ弊社にきませんか」と書かれたポスターが貼ってありました。あまりにストレートな表現に「これが本当にトヨタの広告なのか」と目を疑いました。
調べてみると、南武線に限定して、合わせて10の駅に同様のトヨタのポスターが掲示されていることがわかりました。

なぜ「南武線」なのか。沿線をたどってみると答えはすぐに見つかりました。
最初に行ってみた向河原駅は、大手電機メーカー「NEC」の事業拠点が隣接し、多くの社員が通勤で利用しています。そこから2駅の「鹿島田駅」の周辺には、キヤノンや日立のグループ会社、それに東芝の小向事業所があります。鹿島田駅のポスターには、「ネットやスマホの会社のエンジニアと、もっといいクルマをつくりたい」と書かれていました。

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トヨタが狙っていたのは、南武線沿線に集積している、大手のIT企業や電機メーカーなどで働く技術者だったのです。沿線にある電機メーカーの社員だという男性に聞いてみると、「最近はより条件のいい企業に転職する同僚も多い。自動車メーカーに限らず業界を超えて引き抜きは多いです」と話してくれました。

鹿島田駅の近くにある東芝の小向事業所は、AI=人工知能などの最先端の研究が行われています。東芝といえば、いま業績不振で経営再建の真っ最中の会社。将来に不安を感じている技術者に照準をあわせているようにも見えます。これについてトヨタの広報担当者に問い合わせたところ、「沿線の企業で働く技術者からの応募を期待しています」と答えていました。

狙いは自動運転

なぜ自動車メーカーのトヨタが、ITに精通した技術者を他社から引き抜こうとしているのか。ポスターの隅に書かれた文字からその理由が見えてきます。

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“自動運転・コネクティッド技術のエンジニア募集”
トヨタがいま、次の事業の大きな柱の1つになると考えているのが、「自動運転」です。その技術は、トヨタが長年培ってきた、エンジン性能や工場の生産効率を上げる技術とは一線を画します。

自動運転には、ドライバーの代わりに、AI=人工知能を使って人や車の動きを認識して車を停止させたり、発進させたりする画像認識の技術が欠かせません。また、車の位置情報と地図データを重ね合わせて自動で車を目的地に導く技術や、大量の情報を高速でやり取りする通信技術なども求められます。こうした技術は、これまでの車作りにはありませんでした。

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トヨタは、2020年をめどに車線変更も含めて高速道路で自動で走行する車を実用化するとしています。開発はまったなしの状況で、新卒採用でいちから技術者を育てていては間に合いません。そこで、電機やIT業界で鍛えられてきた即戦力を雇う、中途採用を拡大しているのです。時間をカネで買う戦略ともいえます。

IT人材争奪戦

トヨタは、アメリカのシリコンバレーに自動運転の開発につながる人工知能の開発拠点を設立し、去年、グーグルのロボット開発の責任者を引き抜いたことが大きなニュースになりました。トヨタですら、社内の技術者だけでは対応できないことを示しています。

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日産自動車は去年、フランスのソフトウェアの開発会社を買収。自動運転にもつながるコネクテッドカーの開発人員を親会社のルノーと共同で、600人から1000人規模に増やす計画を発表しました。
今年度の国内の採用計画では、新卒が680人、中途がそれを上回る740人と、即戦力の採用を強化していることがわかります。

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また、ホンダもことし4月に自動運転などの先端技術の研究や開発を担う専門の組織を立ち上げました。今年度の採用計画では、中途採用を昨年度の2倍以上の590人に拡大する計画です。ITの巨人「グーグル」で自動運転の開発を手がける会社とも提携協議を進めています。

「IT人材79万人不足」との予測も

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エンジニアの転職支援サービスを展開している会社は、自動車メーカーからIT人材の求人が急増したことを受けて、4月から、新たにITのエンジニアを紹介するサービスを始めました。
「メイテックネクスト」の河辺真典社長は「自動車メーカーが募集するエンジニアのうち、すでに3割がIT人材で、人材の渇望感を感じている」と話していました。

経済産業省が去年まとめた報告書によりますと、日本では、2030年にIT人材が最大で79万人不足すると予測されています。AI=人工知能、あらゆるものがインターネットでつながるIoTや、それにビッグデータなどが本格的に普及し、IT人材の需要が高まっていく一方であるにもかかわらず、人口減少によって、IT人材が大幅に不足する事態に陥るというのです。

“前例のない戦い”

世界の自動運転の開発競争をみると、グーグルやアップル、ウーバーといった自動車メーカーとは異なるプレーヤーが次々に参入しています。

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今月4日、マツダとの資本提携に踏み切ったトヨタの豊田章男社長は記者会見で「海図のない、前例のない戦いが始まっている」と述べ、強い危機感をあらわにしました。

世界の自動車業界の主戦場は、長らく車の心臓部ともいえるエンジンの性能をめぐる競争であり、精密なすりあわせの技術によって、トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーが優位を保ってきました。しかしいま、これまでの車作りを根底から覆す「車の電動化」「車のIT化」の動きが急速に進んでいます。日本経済の屋台骨を支えてきた自動車産業は、かつてない変革の波にさらされています。

吉武洋輔
経済部
吉武洋輔 記者
平成16年入局
名古屋局を経て経済部
エネルギーや金融業界など取材
現在、自動車業界を担当
山根力
経済部
山根力 記者
平成19年入局
松江局、神戸局を経て平成27年から経済部
農水省、経産省を担当
現在、自動車業界を担当
早川俊太郎
経済部
早川俊太郎 記者
平成22年入局
横浜局、岐阜局、名古屋局を経て平成29年から経済部
現在、自動車業界を担当