ニュース画像

ビジネス
特集
“EVシフト”100年に1度の大転換

自動車業界の巨人 ボッシュ。ドイツを拠点に世界120か国以上に展開する世界一の自動車部品メーカーが、創業わずか7年の京都のベンチャー企業 GLMと提携することが明らかになりました。両社が目指すのは次世代の電気自動車の開発です。

自動車業界では20世紀初頭にガソリンエンジン車が主役となり、世界のメーカーがエンジンの性能向上にしのぎをけずってきました。それから100年。今、車の心臓部とも言えるエンジンが電気モーターに置き換わる劇的な変化が起きようとしています。この急速な“EVシフト”は、いったい何をもたらすのでしょうか。
(経済部・宮本雄太郎)

EVベンチャー“巨人”との握手

今月5日、ドイツから来日したボッシュ・グループのエンジニアが、京都の工業団地の一角にある小さなガレージを訪れました。

彼らを待っていたのは、アルミフレームにモーターやバッテリーなどを搭載した開発中の電気自動車。京都のEVベンチャー GLMの試作車です。エンジニアたちは挨拶もそこそこに、スーツケースの中からコンピューターを取り出して車に搭載された車両制御装置につなぎ、アクセルやブレーキを踏んで電流が正常に流れるかチェックを始めました。ボッシュとGLMによる共同開発が始まったのです。

ニュース画像

ボッシュは、自動車業界では知らない人がいない部品メーカーです。エンジンの燃料噴射やブレーキの制御など、車の走行の核とも言えるシステムを自動車メーカーに提供し、去年の売上高はグループ全体で8兆7000億円、従業員は39万人と世界最大のメガサプライヤーです。

この自動車業界の巨人が、従業員23人のベンチャー企業と手を組んだのには理由がありました。GLMとの共同開発を担うのはボッシュエンジニアリングというボッシュの子会社です。この会社はいわば“別動隊”で、親会社では対応できない規模の小さい自動車メーカーのニーズに合わせ、製品をカスタマイズして売り込む役割を持っています。

GLMは2019年の量産を目指して1台4000万円の高級スポーツカーの開発を行っていて、ボッシュはこの車に搭載するモーターやバッテリーを制御するシステムを共同で開発します。日本の電気自動車では初めてのプロジェクトです。

開発に立ち会ったボッシュエンジニアリングの龍崎浩太郎社長は「少量生産で付加価値の高い車を作る顧客が、これまで日本にはなかなかいなかった。GLMとのプロジェクトは、ボッシュの持つ先進技術を日本に広めるきっかけになる」と話しました。

ニュース画像

EVに集まる技術とマネー

GLMは2010年に京都大学の電気自動車開発プロジェクトから誕生したベンチャー企業。これまでに開発した車は、スポーツカータイプの電気自動車1車種のみで、販売台数は100台に達していません。

しかし、大手ではできない“自由なクルマ作り”を求めたエンジニアたちが、トヨタや日産、三菱重工などの大企業から次々と集まり、日本では珍しい本格的なEVベンチャーとして注目を集めています。そして今、この会社に世界の技術や資本が投入されようとしているのです。

産業用ロボットで世界トップクラスのシェアを持つ安川電機も、GLMと提携した企業の一つです。ロボットアームなどの駆動に使われるモーター技術を強みとしています。

モーターで走る電気自動車へのシフトに乗り遅れまいと自動車産業への進出を狙っていましたが、日本の大手自動車メーカーはモーターを自前で開発するケースが多く、なかなか入り込む余地がありません。そこで、新型車に搭載するモーターを探していたGLMと手を組むことを決めました。電気自動車向けの事業を統括する善家充彦技術部長は「これから必ず拡大する電気自動車のビジネスチャンスを逃したくない。その鍵は中国だ」と強調します。

ニュース画像

GLMが2019年に量産を目指す高級スポーツカーのターゲットは急速にEVシフトを進める中国です。新型車が注目を集めれば、そこに搭載したモーターを中国の自動車メーカーにアピールする絶好の機会となります。これに先駆け、安川電機は中国・安徽省を拠点にする奇瑞汽車と電気自動車向けモーターの合弁会社を設立。GLMとのプロジェクトを足がかりに、本格的な自動車ビジネスへの進出を狙っています。

また、今月、香港のオーラックスホールディングスという企業が、およそ120億円でGLMの株式の大部分を取得すると発表しました。

この会社は、中国本土や香港、マカオなどで高級腕時計や宝飾品、不動産などを販売する傘下の企業があり、中国の富裕層との間に太い顧客パイプを持っています。次のターゲットは、電気自動車です。GLMが開発する高級スポーツカーを武器に、さらなる販路の拡大を狙っているのです。

膨らみ続けるEVビジネスへの期待。アメリカの新興メーカー・テスラの時価総額は一時、100年以上の歴史を持つGM=ゼネラル・モーターズを上回りました。その余波は、京都の小さなベンチャー企業にも押し寄せているように感じます。

GLMの小間裕康社長は「間違いなく10年後から20年後、ガソリン車がほとんどない世界になりえると思う。自動車産業の大転換期に対して、大手メーカーの数兆円から数十兆円に上る研究開発費を考えると、電気自動車にまだまだ資金投下はされていく。これはEVバブルではなく、非常に自然な流れだと感じている」と述べました。

ニュース画像

世界で進む“ハイブリッド車外し”

きっかけは、世界各国の排ガス規制です。アメリカ・カリフォルニア州でエコカーの販売を義務づける「ZEV規制」。ことし秋以降に発売するモデルからエコカーの対象が狭まり、日本メーカーが得意としてきたハイブリッド車の優遇がなくなります。

また、EU=ヨーロッパ連合では、2021年から排ガスに含まれる二酸化炭素の量を大幅に削減することが求められます。従来のガソリンエンジン車やハイブリッド車では、基準をクリアすることが困難なレベルです。さらに、世界最大の自動車市場、中国も電気自動車に大幅に有利な排ガス規制が、早ければ来年にも導入される見込みです。

いずれの規制も、日本でエコカーの代名詞となってきた“ハイブリッド車外し”が鮮明になっています。

一方、ディーゼルエンジンをエコカーの主力としてきたドイツメーカー。最大手のフォルクスワーゲンが排ガスの処理で不正なソフトを取り扱っていたことが明らかになり、エンジン開発への投資が一気に縮小しています。主戦場であるEUの厳しい規制が間近に迫っていることもあり、フォルクスワーゲン以外の各社も電気自動車の開発に舵を切りました。経営資源を集中させ、巨額の投資がこの分野に流れてきています。

ドイツメーカーを主要顧客とするボッシュのロルフ・ブーランダー統括部門長は「世界中からすでに30を超える電気自動車関連のプロジェクトを受注しており、年間4億ユーロ(日本円で約520億円)の投資をこの分野に行っている」ことを明らかにしました。

ニュース画像

100年に1度の大変化に

翻って日本の自動車産業はどうでしょうか。

自動車メーカーを頂点に、関連の企業が幾重にもピラミッド型に連なり、500万人もの雇用を抱え、その中心はエンジンです。エンジン周辺の複雑な金属加工など、高度なすりあわせの技術が求められる関連の産業は、日本の自動車の競争力の源泉でした。このため、大手自動車メーカーの狙いは、急激なEVシフトではなく、エンジンを併用するハイブリッド車を柱とする緩やかなシフトでした。

しかし、それを許さない各国の規制が、日本の自動車産業の形態を大きく変えようとしています。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の杉本浩一シニアアナリストは「エンジン本体や関連の部品に依存しすぎた会社は、他社との合併やほかの事業への投資など大幅な変化を強いられ、長期的には事業転換をする必要がある」と指摘します。

新型車の投入で電気自動車のシェア拡大を目指す日産。モーター開発で日立製作所と提携したホンダ。そして、デンソーやアイシン精機などの系列を含めたEV戦略を練り始めたトヨタ。各社は矢継ぎ早に対策を打ち始めていますが、想定以上に“EVシフト”は加速しています。

貿易摩擦や円高など幾度もの“外圧”を乗り越え、競争力を維持し続けた日本の自動車産業。来たるべき電気自動車時代にも世界で勝ち続けることができるのか、今、大きな岐路に立っています。

宮本雄太郎
経済部
宮本雄太郎 記者
平成22年入局
札幌局をへて
現在 自動車業界を担当