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イカの記録的不漁 揺れる現場は

全国有数のスルメイカの水揚げ量を誇る、北海道函館市。透き通るようなとれたてのイカの刺身が多くの観光客をひきつけてきました。しかし今、函館は、イカの記録的な不漁という異変に見舞われています。その余波は観光業から水産加工業まで地域の中核産業を脅かしています。(函館放送局 永田真澄記者)

朝市の名物が・・・

全国的にも知られる函館の代表的な観光スポット「函館朝市」。例年200万人が訪れるこの場所は、去年3月の北海道新幹線の開業をきっかけに、さらに多くの観光客を集めています。

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その朝市の最大の呼び物が、水槽を泳ぎ回るスルメイカをつり上げてその場で味わう、イカの釣堀です。これ以上ないほど新鮮なイカを楽しみながら味わおうと、観光客が長い列を作ることもしばしばです。

しかし今シーズンは、通常通り釣堀が営業出来ない日が増えています。最大の理由はイカの水揚げ不足。取材した12月上旬のある日は、水揚げがほとんどなかったため1匹も仕入れがなく、多い時にはおよそ300匹がひしめくように泳ぐ水槽に、たった15匹が入っているだけの状態で営業を始めていました。当然、すぐにイカは釣り上げられ、2時間ほどで営業は終わりに。その後、釣堀目当てに訪れた観光客ががっかりした様子で朝市をあとにしていました。

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今シーズンは、イカが確保できずに全く営業ができない日も10日ほどあったと言います。店の担当者は「こんなことは初めて。水揚げが増えない限りどうしようもない」と頭を抱えていました。

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函館朝市では、新鮮なイカの刺身を売り物にするレストランでもイカを提供できない日が多くあり、朝市の関係者からは「水揚げが回復しなければ、函館の観光全体にも影響が及びかねない」と危ぶむ声が聞かれました。

この10年で最低 記録的な不漁

例年、6月から翌年の1月まで行われるスルメイカ漁。夜の海を幻想的に照らすイカ釣り漁船の「いさり火」もまた、地元の観光資源の1つです。

しかし函館のイカの水揚げ量は、この8年間、減少傾向が続いてきました。そして今シーズンは序盤から不漁に。イカ漁の終盤を迎えた去年11月末までの水揚げ量でも1460トンと、この10年で最も少なく、記録的な不漁となっています。

なぜイカが取れないのか。漁場となる津軽海峡周辺の海水温が高くなっていることなどが指摘されていますが、はっきりしたことは分かっておらず、対応策も定まりません。漁期は1月いっぱいまでですが、大半の漁業者が「漁に出ても水揚げは期待できない」と、今シーズンの漁をすでに諦めている状態です。

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漁業者、そして観光業界。影響を受けているのはそれだけではありません。函館には、全国で最も多い70を超えるイカの加工業者が集積しています。今回、戦後まもなく創業した老舗の1社を取材しました。従業員およそ250人のこの会社の看板商品は、地元で水揚げされたばかりの生のイカを細切りにした「イカそうめん」。新鮮さが売りですが、今シーズンは思うようにイカの仕入れが出来ず、例年の30分の1ほどの量しか作れませんでした。代わりに冷凍イカを使って製造を続けていますが、冷凍イカの取引価格も前のシーズンに比べると3倍ほどにまで値上がりしています。イカは庶民の味として手ごろな値段で親しまれてきただけに、仕入れ値の上昇を商品価格に反映させるのは簡単ではなく、利益がほとんど出ない状況だと言います。

活路は野菜!?「脱イカ」の動き

事態の打開に向けて、この会社は、「脱イカ」戦略も手がけることにしました。新たな事業は、なんと、「野菜の加工」。およそ2億円を投じて最新の設備を導入し、じゃがいもを焼いて加工する新商品の生産を始めました。

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水産加工とは全く縁のない野菜加工という異分野への参入。共通のノウハウなどがあるわけではありませんが、その時々の水揚げ量に左右されやすい水産物以外に、農家との契約で安定して原料を仕入れられる事業を柱の1つとして持ったほうが、全体として会社の経営が安定すると考えたのです。

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この会社の利波英樹社長は、「イカの不漁がいつまで続くのか見通せない状況では、リスク回避の意味で農産物の加工は非常に魅力的だ。事業に占める野菜の割合を増やして、新たな活路としたい」と話していました。

「イカの町」を売りにしてきた函館市も、企業を支援する取り組みに乗り出しました。市の中小企業向けの融資制度で、イカの加工業者が利用する場合に限って、特別に金利を軽減する優遇措置を始めたのです。特定の業種に限った優遇措置は例がないと言いますが、このまま手をこまねいて水産加工業界の低迷が続けば、地域経済全体の活気が損なわれるという危機感が後押ししたのです。

どうする?水産王国

函館市は、旅館や飲食店に安定的にイカを供給するための実態調査にも乗り出す予定です。観光客から「目当てのスルメイカ料理が味わえない」というクレームが寄せられているためです。今後、旅館や飲食店の現場でヒアリングを重ねて課題を整理し、流通の改善などにつなげられないか漁業団体とも協議する方針で、市の担当者は「北海道新幹線の開業でせっかく多くの観光客に来てもらっているので、リピーターになってもらうためにも、イカ料理を味わってもらうことは欠かせないと判断した」としています。

実は北海道では、去年1年間の魚介類の水揚げが、統計を取り始めた昭和30年代以降で初めて100万トンを割り込み、過去最低となる見通しです。スルメイカだけでなく、サンマやサケなど、多くの魚種が不振に陥っているのです。主な原因が海水温の上昇なのか、なかなか解明は難しいのが実情ですが、一方で、マイワシに代表されるように水揚げが回復している魚種もあります。海の変化を受けて、漁業者の間では、「育てる漁業(養殖)」への転換を進める動きも出ていますが、漁業不振は、水産加工から観光まで、広く地域に影響を及ぼすことになります。

北海道と言えば、「新鮮な海産物!」。そうイメージする方も多いと思います。水揚げ不振の原因究明や漁獲回復に向けた対策も欠かせませんが、焦眉(しょうび)の急として、函館市のように、行政や業界が一致して当面の対応にあたることもまた、大事だと感じています。

永田真澄
函館放送局
永田真澄 記者
平成24年入局 秋田局をへて
平成27年より函館局
北海道新幹線や1次産業を取材