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あの東芝がネイルチップ!?

不正会計問題を起こした大手電機メーカーの東芝。問題が起きた背景の1つと指摘されているのが上司にものを言えない風通しが悪い企業風土です。こうした企業風土を改善しようという取り組みも始まっていて、新規ビジネスのアイデアを社内から募集する制度の活用が若手社員を中心に活発化しているということです。
いわゆるつけ爪のネイルチップをつくるというプロジェクトを提案した33歳の女性社員を取材しました。将来は男女問わず使えるプラットフォームにもなるといいますが、そもそもどのようにして電機メーカーがネイルチップを手がけるという斬新なアイデアは生まれたのでしょうか。(経済部 山田奈々記者)

電機メーカーがなぜネイルチップ?

東芝の若手デザイナー、千木良(ちぎら)康子さん(33)。不正会計問題が明らかになったあとの2015年7月、社内から新規プロジェクトの提案を募る企画に参加しました。提案したのは爪に貼り付けて使うネイルチップです。

テレビやアイロンなどのデザインが主な業務だったという千木良さん。しかし、モノがなかなか売れない時代となり、実際の製品のデザインよりもコンセプトを考える仕事が徐々に増えていったといいます。

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ーーーなぜネイルチップを作ろうと考えたのですか。

千木良:デザインセンターの同僚たちと女性の身近な問題を解決できるアイデアを議論していました。ネイルは、サロンに行って施術を受けると、すごく時間がかかるのでメンテナンスが大変だという話が出ました。一方で、デザインの仕事でふだん使っている3Dプリンターは、試作品だけでなく実際の製造にも使えるように性能が上がっているという話も出たのです。

ネイルの悩みと3Dプリンターを掛け合わせて何かできないか、というのがアイデアの出発点です。さらに調べてみると、関心があっても70%の人が実際にはネイルの装飾を行わないことが分かりました。ネイルサロン通いは、仕事などで忙しいため続かなくなってしまうという話は私も実体験からよくわかります。

その一方で、専用ののりを使って一時的に自分で装着するネイルチップも、既存のものではすぐに剥がれてしまうこともあります。そこで生まれたのが一人一人の爪の形にぴったり合うオーダーメイドのネイルチップのアイデアでした。

得意な技術をいかす

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千木良さんは、ことしの春、およそ3週間かけて事業化に向けた実証実験を行う計画です。

ネイルチップをオーダーする時は、専用の機械で指先を3Dスキャンします。この機械は、将来、デパートや駅などの街なかに設置することを想定しています。
スマートフォンを使って好みの色やデザイン、爪の長さを選択して注文すると、そのデータが東芝に送られます。

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東芝は、得意としている画像認識技術を駆使して、そのデータから爪の形や輪郭を分析し、その人にぴったりのネイルチップの形を自動で生成します。そのデータを提携する外部の業者に送り、業者は3Dプリンターで出力します。さらに別の業者のネイリストがネイルチップの表面に装飾を施して完成させ、顧客に郵送する仕組みです。

ーーー画像認識技術を生かすということですが、技術的な難しさはどこにあったのですか。

千木良:生の爪と全く同じものを作る、つまり単なるレプリカを作るということは3Dプリンターを使えば簡単です。しかし爪の上に貼るものを作るということは、爪とネイルチップの間に接地面が必要です。どれくらいの曲がり具合が適切か、実際の爪より何ミリ大きく作ればぴったり合うかということは、元の画像から想像して作らなければなりません。その精度が画像認識の技術を試されている部分だと思います。

将来は例えばスマートフォンで指先を撮影し、その写真を送るだけでデータの加工ができれば、もっと便利になります。日本のネイルは今では外国人の女性にも人気があります。この仕組みなら、日本を訪れた外国人観光客も、一度、登録さえしてしまえば帰国したあともスマホ上から継続的に注文し、郵送で商品を受け取ることが可能となりビジネスの幅も広がります。

爪は電機メーカーの可能性を秘めている

千木良さんは、このネイルチップの事業をファッション以外にも幅広い分野に活用していきたいと考えています。千木良さんによれば、センサーが埋め込まれたネイルチップをつけた状態でドアノブを握ると、カギが開くなど活用のアイデアがすでに存在しているということですが、チップのフィット感が足りないために普及していないのではないかというのです。

このため千木良さんは、一人一人の爪にぴったり合い、何かを爪に貼り付けているという違和感や不快感さえなければ、女性だけでなく男性の間でもネイルチップの活用は拡大していくと指摘しています。

ーーーファッション以外の分野にも展開できる可能性があるということですが、どのようなアイデアがありますか。

千木良:私はネイルチップがいちばん身近なプラットフォームになっていけばいいなと思っています。人間の手は、いちばん自分の視界に入る存在です。見ていると元気になる家族の写真などをネイルに映し出すというのもありだと思います。

将来的にはネイルチップの表面が液晶になったり、タッチパッドになったり、いろんな機能を持つのではないでしょうか。また、センサーやICチップを埋め込んでコンサートなどの入場チケットの代わりに使ったり、認知症の人が今、どこを歩いているのかを遠隔で把握したりできるようになるかもしれません。

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取材を終えて

「成功したことにするのは、そろそろやめよう」
「議論をするときは全員平等だ」

先日、東芝本社を訪れた際、社内に貼られていたポスターの言葉です。不正会計問題を受けて新たに作られた“7つの心がけ”。その中で私がいちばん印象に残った言葉は「挑戦的な選択肢も受け入れ、新しいものを創造しよう」。

ネイルチップのプロジェクトはまさにその一つだと私は考えます。ネイルチップと聞いて最初は耳を疑いましたが、取材を進めるうちに会社が強みとしている技術をどのようにして新しい分野に当てはめていけば消費者のニーズを満たせるか、試行錯誤する千木良さんの熱意が伝わってきました。

革新的で魅力ある製品がなかなか生み出せないとも言われる日本の大手電機メーカー。高度な技術を使って、他者が追随できないものを作れば売れた時代から、アイデアが新しいものづくりへの道を拓くことができる時代へと変わりつつあります。その時代に必要なのは、会社の常識にとらわれない社員一人一人のアイデアを大切にし、ものづくりの原点に立ち返ることだと思います。それは東芝がかつての自由闊達な職場を取り戻す一歩にもなると感じました。

山田奈々
経済部
山田奈々 記者
平成21年入局
長崎局、千葉局を経て経済部
現在、電機業界を担当