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ソフトバンクの陰にサウジの戦略

ソフトバンクグループが10月14日に発表した“10兆円ファンド”の設立構想。最先端技術に関わる世界中の事業や企業に投資するこの計画は、孫正義社長ならではの壮大な規模が世界中に衝撃を与えました。もう1つの驚きは、このファンドに4兆円以上を出資するのが、中東の産油国・サウジアラビアだったことです。

決断を下したのは、サウジアラビアの経済改革と軍事・外交を指揮するムハンマド副皇太子です。巨額のオイルマネーを手に、世界を駆けめぐる若きプリンスの動向には、世界中から熱い視線が注がれています。名前の頭文字をとって“MBS”とも呼ばれるムハンマド副皇太子は、サウジアラビアをどう変えようとしているのか。そして、この変化に日本はどう関わって、成長を取り込もうとしているのでしょうか。(経済部・澤畑剛)

巨額の投資1か月で決断

ソフトバンクグループが設立する“10兆円ファンド”。ムハンマド副皇太子は、5年間で450億ドル、日本円にして4兆7000億円を出資することを決断しました。ムハンマド副皇太子は、9月に来日した際に、孫社長と会談しています。それからわずか1か月余りで、巨額の投資をしたと見られています。

このファンドは、サウジアラビアの側から見ると、“MBS”が決断した過去2番目の大型投資案件。スピード決断の決め手は、どこにあったのでしょうか?

ヒントはシリコンバレーに

ムハンマド副皇太子は、6月、アメリカを公式訪問し、オバマ大統領と会談。過激派組織IS=イスラミックステートに対する軍事作戦などでさらなる協力を確認しました。

このとき、“MBS”はシリコンバレーなども訪れ、フェイスブックやグーグルなど名だたるIT企業の経営者と会談しました。IT投資に長けたパートナーを探す副皇太子に、経営者たちは、こぞって 孫正義社長の名前を挙げたと言われています。

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窮地脱出の柱「投資立国」

世界最大の石油輸出国であるサウジアラビア。その経済改革を担うムハンマド副皇太子は、なぜ、投資先の拡大を急いでいるのでしょうか。

理由は、2年余り続く 原油安です。サウジアラビアの国家財政は、歳入の7割余りを原油輸出に依存しています。しかし、原油安の影響で、2年連続で歳入が計画を3割下回る事態に陥っています。このため、これまでに蓄えたオイルマネーを大幅に取り崩し、海外の金融機関から多額の借金をして、やりくりしているのが実情です。

去年、IMF=国際通貨基金は、 今の水準で原油安が続けば「あと5年でオイルマネーの蓄えは底をつく」と指摘しています。危機的と言える事態の中、ムハンマド副皇太子は、ことし4月、「わが国は石油中毒に陥っている」と国のありようを痛烈に批判。2030年までの国家改造計画「ビジョン2030」を打ち出しました。

その最大の柱が 「投資立国」です。

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積極投資に大転換

サウジアラビアの外貨準備高は、現在、58兆円。潤沢なオイルマネーは、これまで全体の9割を外国債券の購入・保有に充てるだけで、比較的、リスクの高い投資は避けてきました。新しい投資立国戦略は、この運用方針を転換。株式や複雑な金融商品など、“ハイリスク・ハイリターン”の投資に切り替えていくことを打ち出しました。

その最初の大型案件が、スマートフォンのアプリを通じて配車サービスを行うウーバーへの35億ドル、日本円にして3600億円の投資でした。続く第2弾が、孫正義社長率いるソフトバンクグループのファンドへの出資となります。

“虎の子”上場 その狙いは

ムハンマド副皇太子が打ち出した投資立国戦略で、“ハイリスク・ハイリターン”の投資に回すと掲げた規模は2兆ドル、日本円にして実に200兆円。オイルマネーの蓄えだけでは、全く足りません。

そこで、“MBS”がことし1月に発表した戦略が、 国営石油会社のサウジアラムコの株式上場です。国内すべての油田を管理し、原油生産から販売までを一手に担う世界最大の石油会社です。さ来年の初頭に、国内外で株式を上場し、時価総額200兆円に上る世界最大の株式会社を誕生させようとしています。この上場を通じて得た10兆円を、さらなる投資に回そうと考えています。

ただ、投資資金が必要だとしても、なぜ、“虎の子”ともいえる国営石油企業の株式を上場するのか。「ムハンマド副皇太子は、石油の時代は終わって、その価値はさらに下落すると見ている。石油資産を換金したほうが得と考えている」と話す関係者もいます。

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上場を!日中がライバルに

サウジアラムコの上場に、日本政府は高い関心を寄せています。先に来日したムハンマド副皇太子に対し、政府関係者が直接、東京証券取引所への上場を依頼したと言われています。もし、誘致に成功すれば、日本の株式市場の活性化だけでなく、中東最大の石油供給国との関係強化につながるメリットもあります。

ただ、今のところ、その実現性は高いとはいえない状況です。立ちはだかるライバルは、中国です。金融業界では、サウジアラムコが株式を上場する証券取引所は、ニューヨークとロンドン、そして、アジアでは香港証券取引所になるという見方が支配的です。中国では、早くから政府高官をサウジアラビアに派遣し、香港への上場を持ちかけてきたとされています。

中国市場は、サウジアラビアにとって最大の原油の販売先でもあり、今後も需要が拡大するという強みもあります。中国に比べて、日本側の動きは出遅れの感が否めません。

10月には、経済産業省のミッションが現地を訪れ、東証のほうが香港に比べて株式の売買が活発であることをアピールしました。ただ、東証に上場する外国企業は、ピーク時には120社を超えましたが、売買代金が少ないことなどから撤退が相次ぎ、現在はわずか7社。「巻き返したいが、切り札がない」 複数の政府や金融関係者が口をそろえます。

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「投資立国」の行方世界に影響

サウジアラビアの投資立国の成否は、この国の将来はもちろんのこと、中東情勢、ひいては世界全体に大きな影響を及ぼすと私は思います。この国の支配構造は独特です。ひと握りの王族がオイルマネーの富を国民に分配する、つまり「ばらまき」によって、権力を独占してきました。

しかし、自国民の数が2000万人を超え、このやり方は限界に達しつつあります。若者の就業意識は低く、失業率は30%。失業問題は”サウジアラビアの時限爆弾”とも言われています。

5年前に広がった民主化運動「アラブの春」では、サウジアラビアでも反政府デモが呼びかけられ、緊張が高まりました。政府は、10兆円規模の「ばらまき」を行って若者を懐柔し、危機を乗り切ったのが実情です。当時、原油価格は1バレル=100ドル以上。しかし、今や40~50ドル台の原油安が当たり前の時代となり、「ばらまき」の連打は難しくなっています。

投資立国の戦略が成功すれば、国家の安定につながる一方で、原油安に投資の失敗のダブルパンチとなれば、さらなる緊縮財政を迫られ、国民の不満が爆発する事態も予想されます。サウジアラビアの命運を握るといっても過言ではない投資立国戦略。その行方は、世界の金融市場を揺るがすだけでなく、中東情勢、ひいては世界全体のパワーバランスにも影響を与えることになるでしょう。“MBS”の動向から目が離せません。

澤畑剛
経済部
澤畑剛 記者