光市の小学校で終戦直前の空襲で亡くなった子ども追悼する催し

終戦の日の直前の空襲で、700人を超える人が犠牲となった光市で、30日、地元の小学生たちが当時、亡くなった子どもたちを追悼する催しが開かれました。

この催しは、戦争の記憶を語り継ごうと、国民学校時代に子ども6人を空襲で亡くした光井小学校で、毎年、開かれています。
このうち、6年生の児童は、空襲で同級生を亡くした坂口和夫さん(89)から、中学生ぐらいの年代の子どもたちが軍需工場で働かされていたことや空襲の時の爆撃の激しさ、あたりの惨状について、学んでいました。
続いて、高学年の児童全員は、校庭に建てられた慰霊碑の前に集まり、花や千羽鶴を手向けたあと、全員で黙とうをささげました。
光市には、特攻兵器として使われた人間魚雷「回天」などの製造工場があり、終戦の日の前日の昭和20年8月14日に、アメリカ軍による大規模な空襲を受け、工場に動員されていた子ども6人を含む748人が亡くなっています。
女子児童の1人は「戦争がとても怖いことだと学んだ。もう二度と戦争が起きないでほしい」と話していました。
坂口さんは「戦時中を知ることで、今の暮らしの幸せを感じてほしい。慰霊碑を維持し、今後も追悼の催しを続けてもらいたい」と話しています。