戦国時代 織田信雄の家康宛の書状初公開 鶴岡市の博物館

戦国時代に徳川家康とともに「小牧・長久手の戦い」で豊臣秀吉と戦った織田信長の次男、信雄が家康宛に送った書状が、山形県鶴岡市の博物館で初めて公開されました。
専門家によりますと、家康と秀吉の仲介役を信雄が担っていたことが読み取れる貴重な資料だということです。

12日報道陣に初めて公開されたのは、1584年に徳川家康とともに「小牧・長久手の戦い」で豊臣秀吉と戦った織田信長の次男、信雄が家康宛に送った書状です。

この書状は江戸時代に庄内地方を治めた酒井家の家臣の家から見つかり、平成25年に鶴岡市郷土資料館に寄託されたあと、去年複数の専門家が分析しました。

専門家によりますと、書状には「家康の家臣、石川数正を秀吉に参上させ、今後について相談することはとてもめでたい。秀吉も考えを承知し、慎重にことを進めるだろう」などと書かれていて、家康と秀吉に緊張関係が続く中で信雄が仲介役を担っていたことが読み取れるということです。

分析した1人で、鶴岡市の致道博物館の菅原義勝主任学芸員は、「秀吉と家康は対立が続くが、和解か拒絶か、その判断をする中で信雄が間を取り持っていることがわかる書状だ。今回の発見によって研究が進むことを期待する」と話していました。

この書状は、今月29日から6月12日まで、致道博物館で一般公開されます。