下野市の「小金井空襲」77年目の慰霊祭

太平洋戦争末期、下野市の小金井駅周辺がアメリカ軍の攻撃を受け、列車の乗客など30人以上が亡くなった「小金井空襲」から77年となる28日、犠牲になった人たちを追悼する慰霊祭が行われました。

昭和20年7月28日の正午ごろ、いまの下野市にあるJR宇都宮線の小金井駅と周辺を走る列車が、アメリカ軍機の銃撃を受け31人が亡くなり、70人以上が負傷したとされています。
この「小金井空襲」から77年となる28日、亡くなった人たちの遺族や当時、空襲を経験した人などが参加して慰霊祭が行われました。
慰霊祭は、小金井駅にある空襲の慰霊碑のそばで行われ、銃撃された列車に父親が乗っていたという、茨城県筑西市の寺の住職がお経を唱える中、参加者が慰霊碑に花を手向けたり焼香をしたりして、亡くなった人たちを悼んでいました。
空襲で列車の機関士だった父親を亡くした、さいたま市の斉藤嘉禎さん(78)は、「おそらく父は、どうにか乗客を安全な場所に誘導したと思います。慰霊祭をして、77年前の出来事を継承している努力に頭が下がる思いです」と話していました。
また、10歳のときに空襲にあった宇都宮市の簗昌子さんは「宇都宮市内でも空襲に遭い、母親の実家がある新潟県に疎開しようと乗った汽車がやられました。平和であってほしいと願いました」と話していました。
慰霊祭の実行委員会の星野平吉会長(71)は「県内の空襲で、これほどの被害をここでも出したことをしっかり残していきたいと思っています」と話しました。