富山大空襲 漂着した犠牲者の慰霊祭 氷見市の海岸

78年前の富山大空襲の犠牲者が流れ着いたとされる氷見市の海岸で、犠牲者を追悼する慰霊祭が行われました。

氷見市の島尾海岸では昭和20年8月の富山大空襲で、富山市の神通川に飛び込んで火から逃れようとした子どもを含む11人の遺体が流れ着き、近くの松林に埋葬されたとされています。
慰霊祭は地元の自治会が戦争の悲惨さを語り継ごうと毎年開いていて、12日、海岸近くの地蔵尊像に地元の人や富山市から訪れた人など約100人が集まりました。
会場でははじめに僧りょがお経を唱えたあと、参列した人たちが焼香をして、犠牲者を悼みました。
慰霊祭が行われた地蔵尊像は、犠牲者を供養しようと地元の人などが資金を出し合って昭和50年に建てられました。
台座には、流れ着いた遺体の中に赤ちゃんを抱いた母親や、幼いきょうだいもいたことが記されています。
参加した地元の77歳男性は「地区の先輩たちが慰霊祭を絶やさずに続けてきたことを誇りに思います。戦争のない社会を作る一助になればと思います」と話していました。
地元の自治会の中田正幸会長は「世界で戦争が起きている中、この慰霊祭を通して、子どもたちに改めて平和の大切さを知ってほしいです」と話していました。