市街地の8割焼ける 「高松空襲」の悲惨さ伝える展示会

太平洋戦争末期におよそ1300人が犠牲になった「高松空襲」から7月4日で77年になるのを前に空襲後の町並みの写真などを集めた展示会が高松市で開かれています。

太平洋戦争末期の昭和20年7月4日未明、アメリカ軍の空襲によって高松市の中心市街地はおよそ80%が焼けて1359人が犠牲になりました。

高松空襲から77年になるのを前に高松市松島町の高松市平和記念館で開かれている展示会には空襲後の当時の国鉄高松駅周辺などで、多くの建物に被害が出ている様子を撮影した写真が12点展示されています。

また、空襲を体験した人が当時の様子を描いた絵も10点展示され、焼い弾による火災から逃げ惑う人々などが描かれています。

さらに今回は高松市に残された資料をもとに作成した、高松空襲までの県内の空襲や行政の動きなどを盛り込んだ年表も展示しています。

高松市平和記念館の吉川清統さんは「今、ウクライナで起きていることは77年前の高松と重なるので、77年前のことをしっかり学んで戦争を起こさないために平和は自分たちで作らないといけないと思ってほしい」と話していました。
高松空襲展は来月4日まで開かれています。