袴田巌さんの再審 9月に判決へ

58年前、静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審=やり直しの裁判は22日で、すべての審理が終わり、判決は9月26日に言い渡されることになりました。

58年前の1966年に今の静岡市清水区でみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で、死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審は、去年10月から行われ、22日、15回目の審理が開かれました。
最大の争点は、事件の発生から1年2か月後に現場近くのみそタンクから見つかり、有罪の決め手とされた、「5点の衣類」に付いていた血痕に赤みが残っていたことが不自然かどうかです。
検察は「1年あまりみその中に入っていた衣類の血痕に赤みが残る可能性はある」などとして、袴田さんが犯行時に着用した衣類だと主張し改めて死刑を求刑しました。
一方、弁護団は「専門家による鑑定などで、1年以上みそに漬けられた血痕に赤みが残ることはないことが明らかになった。衣類は捜査機関が巌さんを有罪にするために隠したとしか考えられない」などとして、無罪を主張しました。
審理の最後には、袴田さんの姉のひで子さん(91)が意見を述べ、「58年闘ってまいりました。私も91歳、弟も88歳でございます。余命いくばくもない人生かと思いますが、弟巌を人間らしく過ごさせてくださいますようお願い申し上げます」と訴えました。
これで審理はすべて終わり、判決は9月26日に言い渡されることになりました。
死刑が確定した事件で再審が開かれたのは5件目で、過去4件はいずれも検察が死刑を求刑しましたが無罪が確定していて、袴田さんは事件発生から半世紀あまりをへて無罪となる公算が大きくなっています。

【検察の論告 詳細】
22日の裁判で検察は、「証拠からは袴田さんが犯人であると認められ、犯行の結果は極めて重大だ」などとして、改めて死刑を求刑しました。

《犯人について》
まず、検察は、「証拠を正しく評価すれば、犯人は当時みそ工場で働いていた袴田さんであり、金を得るために犯行に及んだ」と説明しました。
現場から見つかった雨がっぱは工場の従業員のもので、ポケットには凶器とされるくり小刀のさやの部分が入っていたことや、被害者の家が焼けた際に工場にあった油が使われたとみられることなどから、「犯人は工場の関係者である」と述べました。
そして、「袴田さんは事件当日の夜、みそ工場の従業員寮に住んでいて、犯人の行動を取ることが可能だった。事件前の行動からは犯行動機があったと認められる」などと主張しました。

《5点の衣類について》
続いて事件の発生から1年2か月後にみそタンクから見つかった「5点の衣類」は、袴田さんが犯行時に着ていた衣類だと述べました。
その理由として、5点の衣類の1つであるズボンの布の切れ端が袴田さんの実家で発見されたことや、みそ工場の従業員の証言から、事件前に袴田さんが着ていた衣類と特徴が合致することなどを挙げました。
その上で、「衣類が見つかったみそタンクは袴田さんの作業スペースだった」として、袴田さんが犯行後に衣類を隠したと述べました。
弁護側の「5点の衣類は捜査機関のねつ造だ」とする主張については「何ら合理的な根拠もなく、非現実的で実行不可能な空論だ」と反論しました。

《最大の争点・赤みについて》
裁判の最大の争点は、「5点の衣類」の血痕に赤みが残っていたことが不自然かどうかです。
弁護側は「1年以上みそに漬かっていたら血痕は黒く変色するはずで、赤みが残ることはない」と主張しています。
これについて、検察は、「みそタンクの中で、化学反応の速度や程度を決める条件がどのようなものだったのかは判然としない。弁護側の鑑定を行った専門家の説明では、なぜ『赤みが消失する』と断定できるのかが不明で、十分な根拠を伴っていない」と述べました。
その上で、「検察の実験では、1年以上たってからみそから取り出した血痕には赤みが残っていると確認できた。みそタンク内の環境次第では、5点の衣類が1年あまりみそに入っていても赤みが残る可能性があることを示している」と主張しました。

《求刑》
最後に求刑について。
検察は「被害者4人の将来を一瞬にして奪った犯行の結果は極めて重大だ。被害者には何の落ち度もない。冷酷で残忍な犯行で、生命軽視の態度は極めて顕著であり、強い非難に値する」と述べました。
静岡地裁は去年10月の初公判で袴田さんについて「自己の置かれている状況を認識できず、意思疎通ができない状況で『心神喪失』の状態にある」と判断し、出廷を免除することを認めています。
この点については、「33年あまり死刑囚として身柄を拘束され、現在、訴訟能力の観点から『心神喪失』と認定されているが、被害者が無残に殺害された事件であり、身体拘束の事情は量刑の事情を何ら変更させるものではない」と主張しました。
そして最後に、「罪責は誠に重大だ」として、死刑を求刑しました。

【弁護団の最終弁論 詳細】
弁護団は最終弁論の冒頭で、袴田さんが過去に家族に宛てた手紙や日記などで繰り返し無実を訴えてきたと述べ、「われわれは巌さんに真の自由を与えるため、これから全身全霊をかけて最終弁論を行う」と宣言しました。

《最大の争点・赤みについて》
弁護団はまず、再審での最大の争点となった、「5点の衣類」に付いていた血痕の赤みについて、「専門家による鑑定などで、1年以上みそに漬けられた血痕に赤みが残ることはないことが明らかになった」として、「発見された衣類の血痕に赤みが残っていたことは極めて不自然であり、衣類は1年以上みそ漬けにされていたものではない」と述べました。
また、検察側の主張について「検察側の専門家による共同鑑定書や証言は血痕に赤みが残る抽象的な可能性を指摘しているに過ぎず科学的な反証になってない」とした上で、「検察官は完全に立証に失敗している。有罪の立証に踏みきり、裁判を長期化させた検察の判断は厳しく批判されなければならない」と強調しました。
その上で、「衣類は発見される少し前に隠されたのであり、拘束されていた巌さんが隠すことは不可能だ。捜査機関が巌さんを有罪にするために隠したとしか考えられない」として、証拠がねつ造されたと主張しました。

《取り調べの録音テープ》
また、検察から証拠開示された取り調べの録音テープについて、「捜査機関がみそ工場の従業員だった巌さんに目を付け長時間の取り調べを続けて自白を強要したことが、白日の下にさらされた。まさに巌さんは犯人に仕立て上げられた」と述べました。

《「複数犯の事件」と反論》
さらに、今回の事件は1人の犯人が金を奪う目的で行ったという検察の主張について、「実際の事件とはまったく異なり犯行の動機は怨恨だった。犯行時間帯は夜だったが被害者4人が全員起きていて、犯人が複数犯だったことは間違いない」と主張しました。

《無罪主張》
最終弁論の終盤で弁護団は「もう一度、この場で確認します。袴田巌さんは無罪です」と述べました。
そして、「捜査機関が証拠をねつ造した結果、巌さんが4人を殺害した犯人とされてしまった。誤って死刑囚にされることは国家の重大な犯罪行為で、巌さんの58年の人生を完全に奪ってしまった」と述べ、検察に対し、直ちに袴田さんに謝罪するよう求めました。
また、裁判所に対しては、「世界中の目がこの裁判に向けられています。日本の裁判所がどのように正義を実現するか注目されている。この裁判で明らかになった捜査機関の不正や違法な行為をはっきりと認定していただきたい」と求めました。
そして最後に、「この事件が『間違った』原因の調査と、繰り返さないための対策、さらに、速やかに間違いを改めることができる方策を早期に実現しなければならない」と訴えました。

【ひで子さんの意見陳述の詳細】
袴田巌さんの姉のひで子さん(91)が法廷で行った意見陳述の詳しい内容です。

証言台の前に立ったひで子さんは、まず、袴田さんが逮捕されたあと母親に宛てた手紙の内容を引用し、「けさ方、母さんの夢を見ました。夢のように元気でおられたらうれしいですが、お母さん、遠からず真実を立証して帰りますからね」と読み上げました。
その上で、「巌は47年7か月、投獄されておりました。獄中にいるときは、辛いとか悲しいとか一切口にしませんでした。釈放されて10年たちますが、いまだ拘禁症の後遺症と言いますか、妄想の世界におります。釈放後、多少は回復していると思いますが、心は癒えておりません」と述べました。
そして「私も一時期夜も眠れなかったときがありました。夜中に目が覚めて巌のことばかり考えて眠れないので、お酒を飲むようになり、アルコール依存症のようになりました。今はというより、ずいぶん前に回復しております」と述べました。
最後に、「58年闘ってまいりました。私も91歳、弟は88歳でございます。余命いくばくもない人生かと思いますが、弟巌を人間らしく過ごさせてくださいますようお願い申し上げます」と声を震わせながら訴えました。

【静岡地検「有罪だと十分に立証されている】
22日の審理を終えて、静岡地方検察庁の小長光健史次席検事が報道陣の取材に応じました。

はじめに、死刑を求刑した理由を問われたのに対し、「未成年の子ども2人を含む一家4人を全員殺害して、売上金を強奪するとともに放火して全焼させた、極めて悪質な事案であることを踏まえた」と述べました。
また、弁護団が「5点の衣類」は捜査機関がねつ造したものだと主張していることについて、「現実的にねつ造は行えないということを、これまでの立証で明らかにできたと思う」と強調しました。
その上で、これまでの審理を振り返り、「袴田さんは有罪だということが十分に立証されていると考えている」と述べました。

【姉のひで子さん「大変長かった」】
裁判のあと、袴田さんの姉のひで子さん(91)と弁護団が会見を開きました。

会見の冒頭、ひで子さんは、「本当にほっとしております。弁護士さんの反論はすばらしくよくて、これで勝ったようなものだと思っております。判決まではちょっと一服しようと思っております。みなさま長い間ありがとうございました」と述べました。
また、22日朝、浜松市の自宅を出発する際、袴田さんに「静岡には、もう1回行くだけでおしまいだよ」などと声をかけたということで、「『ああそう』と言っていました。たぶん、わかっていると思う。判決の9月26日になったら、わかるかわかりませんが巌に説明しようと思っています」と話しました。
そして、「知らないうちに58年が過ぎてしまいました。この1年の方が尊いと思っています。大変長かった。死刑求刑は検察側の都合で言っていることだと思います。巌は無実ですから、判決は無罪だと思います」と期待を述べました。
弁護団の事務局長の小川秀世弁護士は「5月に袴田さんの様子を見て、まさに妄想の世界でしか生きていないということを改めて感じ、ひどすぎると思った。死刑判決のえん罪というのは本当に回復しがたいダメージを与えてしまう。死刑制度自体存続すべきでないと確信している」と述べました。
その上で「期待しているのはもう、本当に強くはっきりと警察や検察による証拠のねつ造を認定してもらいたい。それしか無いと思っているし、立証はできていると思う」と述べました。
また、田中薫弁護士も、「判決文で『ねつ造』と書かなければ裁判官失格だと思います。勇気を持って証拠のねつ造が行われたと書いてくれることを期待しています」と話していました。