従業員の血中から高濃度PFAS“健康リスク指標”400倍超

有機フッ素化合物の「PFAS」のうち有害性が指摘されている物質をかつて使用していた静岡市清水区の工場で2008年から2010年までの間に一部の従業員を対象に血液検査が行われ、高濃度の「PFAS」が検出されていたことが、関係者が入手した内部資料からわかりました。
最も高い値は、アメリカで健康にリスクがあるとされる指標の400倍を超えています。

この文書は、アメリカで「PFAS」をめぐる裁判に取り組むロバート・ビロット弁護士が入手したもので、作成当時、アメリカの化学メーカーの「デュポン」社が出資する「三井・デュポンフロロケミカル」が静岡市清水区で運営していた化学工場に関する内部資料です。
この工場では、フッ素樹脂を製造する過程で、「PFAS」のうち、発がん性などの影響が指摘されている「PFOA」が1965年から2013年まで使用されていて、内部資料には、2008年から2010年の間に製造部門を含む24人の従業員を対象に行われた血液検査の結果が記されています。
それによりますと、アメリカの学術団体が健康にリスクがあるとしている「血しょう1ミリリットルあたり20ナノグラム」という指標を上回る、69ナノグラムから8370ナノグラムの高濃度の「PFOA」が検出されていて、最大で指標の418倍に達しています。
現在、工場を運営している「三井・ケマーズフロロプロダクツ」はNHKの取材に対し、「文書についてはコメントを控える」とする一方、同じ期間にデュポン社の要請に基づいて従業員への血液検査を行い、「PFOA」が検出されたことは認めています。
その上で、「健康影響は報告されておらず、検査後の健康調査は実施していない」と説明しています。
また、従業員への血液検査は、2000年と2011年から2013年の間にも行われたとしていますが、「詳細については対外的な説明を控える」としています。
会社側は今後、在籍中の従業員や工場で勤務していた退職者のうち希望者を対象に、社内の診療所での健康相談や血液検査を実施することにしています。

《元従業員 “危険知らされず”》
清水区の工場で、10年あまりにわたって「PFOA」を扱っていたという76歳の元従業員の男性がNHKの取材に応じ、物質の有害性について何も知らされなかったとして、「不安を抱えたまま生きていくのはつらい」と訴えました。
男性は1965年から2007年まで工場で勤務していて、入社して半年後から10年あまりの間、「テフロン」と呼ばれるフッ素樹脂の製造を担当していました。
当時、現場では「PFOA」について、「Cー8」という呼称を使っていたということで、男性はスコップで粉末をすくって計量するなどの作業を素手で行っていて、防じんマスクを着用していなかったため、吸い込んだ可能性もあるということです。
また、「PFOA」の有害性などについては、これまで会社側から何も説明を受けておらず、一部の従業員を対象に血液検査が行われたことも知らなかったということです。
男性は、従業員を対象に行われた血液検査の結果、高濃度の「PFOA」が検出されたことを記す内部資料について、「あまりにも異常な値でびっくりしました。会社側は、危険性を認識していたのであれば、何らかの対策をとらなければいけなかったのではないか」と述べました。
男性は2年前に舌がんを患い、いまも治療が続いていますが、「PFOA」との関係性はわかっていません。
男性は「不安を抱えたままずっと生きていくのはつらい。会社側には、工場で働いていたすべての従業員を対象に血液検査をしてほしい」と訴えました。

《静岡市は水質検査を実施》
この問題をめぐって、地元の静岡市は、10月から工場周辺の水路や地下水の水質検査に乗り出しました。
静岡市によりますと、9月、市内の大規模な事業所を対象に、「PFAS」の使用実績を聞き取った結果、清水区の化学工場から「以前は使用していたが、2013年12月までに取りやめた」と回答があったということです。
これを受けて市は今月、工場の周辺で水質検査を行うことを決め、これまでに工場近くの水路のほか、4か所の井戸で水を採取し、民間の検査機関に分析を依頼しました。
検査の結果は11月末までに公表することにしています。
静岡市の難波喬司市長は10月13日の定例会見で「まずはどういう状況にあるか確認することが大事だ。土壌が汚染されている不安もあるので、どうやって分析するかは今回の調査結果を踏まえて検討したい」と述べました。
また、難波市長は、市の「環境保健研究所」でPFASを継続的に検査できる体制を年内に整備する方針を示しています。

《敷地外で暫定目標値の6120倍も》
清水区の工場をめぐっては、過去に敷地外の側溝から現在の国の暫定目標値の6120倍にあたる「PFOA」が検出されたとみられることも、アメリカの弁護士が入手した資料からわかりました。
ロバート・ビロット弁護士が入手した資料には、2002年8月に工場の敷地内やその付近のあわせて10か所で行われた地下水のサンプル検査の結果が記されていて、いずれの地点も、検出された「PFOA」の値が国の暫定目標値の「1リットルあたり50ナノグラム」を大幅に上回っています。
このうち、敷地外の公道沿いの側溝からは、目標値の6120倍にあたる、1リットルあたり30万6000ナノグラムの「PFOA」が検出されたと記載されています。
また、敷地内から外の水路に排出される水からは、目標値の3万800倍にあたる、1リットルあたり154万ナノグラムの「PFOA」が検出されたと記載されています。
現在、工場を運営している「三井・ケマーズフロロプロダクツ」はNHKの取材に対し、「デュポン社の文書については回答いたしかねる。工場排水については適切な管理を行ってきている」と説明しています。
また工場の敷地内の水質検査については、「一定頻度で調査を行っているが、データは開示していない」としています。

《「デュポン」社の資料とは・・・》
今回、明らかになった文書は静岡市清水区の工場で「PFAS」の一種の「PFOA」が使われていた当時の親会社のアメリカの化学メーカー「デュポン」によって作成され、2000年頃から工場で実施されていた「PFOA」に関する調査の結果が示されています。
その後、アメリカで起こされたデュポンに対する裁判の過程で原告側の代理人のロバート・ビロット弁護士が入手しました。
ビロット弁護士によりますと、このうち工場の従業員の血液検査の結果は2010年にデュポン側からアメリカの環境保護庁に提出された文書から明らかになったということです。
また2002年に工場とその付近の地下水から「PFOA」が検出されていたことを示す文書は、裁判のなかでビロット弁護士らのチームがデュポンから直接、入手したということです。
ビロット弁護士の著書によるとアメリカでは1999年にデュポンの工場周辺の住民がデュポンを相手に起こした裁判をきっかけに健康被害を訴える裁判などが相次いで起こされ、デュポン側が多額の和解金を支払うなどしています。
ビロット弁護士は最初の裁判をはじめ数々の裁判に関わって「PFOA」の危険性を訴えてきたということで「デュポンは少なくとも1981年にはこの化学物質の懸念について日本のこの工場ともやりとりしていたことが文書からわかっている。裁判で入手した文書はアメリカの環境保護庁に送って、日本でもそれが公になり人々に伝わることを願っていたが、残念なことにそうはなっておらず、何十年も続いてきた問題が今になってようやく人々の知るところになってきたということはとても悔しい。製造工場から化学物質が排出されてきたことはしっかり調査されるべきだ」と話しています。

《専門家“周辺影響を考慮し調査が必要”》
PFASの環境省専門家会議のメンバーでもある京都大学大学院の原田浩二准教授は「PFASを扱う工場で働いていた人は、特定の病気などになりやすかったという海外の報告もあり、注意が必要だ」と指摘しています。
その上で、原田准教授は、「同じようにPFASを使っていた大阪にあるフッ素樹脂化学工場周辺では、今も地下水などからのPFASの高い濃度での検出が続いている。そういった点で工場の敷地内だけの問題ではなく、周辺にも影響があると考えて、今後の調査を行う必要がある」と指摘しています。

《会社側 今後の対応》
会社側は今後、在籍中の従業員や工場で勤務していた退職者のうち希望者を対象に、社内の診療所での健康相談や血液検査を実施することにしています。