【リニア解説】去年8月から加熱?発生土置き場の議論平行線

続いては、リニア中央新幹線の工事を巡る問題についてです。先週の県の専門部会では、工事で出る「残土」の置き場について県とJR東海で議論が平行線に終わりました。なぜ議論が進まないのか。経緯を振り返ります。
(静岡局県政担当記者・仲田萌重子)

(キャスター)
そもそもなんですが、リニアの問題って大井川の流量や田代ダム案ですとか、「水」への影響でもめているイメージが強いのですが、今度は「土」なんですか。
(記者)
そうなんです。大井川のいわゆる「全量戻し」の問題は、議論は続いているものの、国の有識者会議で「十分な対策をとれば 影響を抑えられる」と結論が出ていますし、JR東海が示した田代ダムの取水する量を抑える案について、大井川流域の自治体も協議を進めることで了承しているんです。
(キャスター)
水問題はゴールが見えてきたと?
(記者)
はい。そうした中で、川勝知事が最近になって度々主張をはじめたのが「土」問題なんです。おととし7月の熱海市の土石流を踏まえ、次なる懸念として「リニアのトンネル工事で出る土の置き方」に異議を唱えたのです。具体的に見ていきます。

【舞台は最大の発生土置き場「燕」】
トンネル工事で出る土は、およそ370万立方メートル。東京ドームに換算すると、3個分と言われています。いま県が問題としているのが、このうちの360万立方メートルを置く予定の最大の置き場で「燕(つばくろ)」と呼ばれる場所です。場所は静岡市葵区の最北端に近い山奥です。
県はこの場所の再選定も含めて、適切かどうか議論したいと、JR東海に求めています。

【計画時、県は回避を求めず】
(キャスター)
この「燕」という置き場を選んだ経緯はどうなっていたんでしょうか。
(記者)
まずJR東海はこの燕も含めて、工事現場に近い別の工事の跡地や人工林を置き場に選定し、計画を10年前の2013年に公表しました。さらに法律や条例に基づいた環境への影響評価も公表しました。
これを受けて2014年に、川勝知事は意見書をJR側に出しています。それによりますと、「崩壊の可能性があるため、回避を含めて検討すること」を求める置き場があった一方で、燕については、「上部で以前に崩壊して溜まった土砂があり、盛り土をするときに下流への影響の拡大が懸念される。周辺の地形などを適切に把握し位置や構造を関係機関と協議すること」としました。
これに対し、JR東海は、燕については「上部には治山ダムがあり、山が大きく崩壊しない対策が取られている。適切な計画を作り、工事を実施する」と回答しました。
一方で、県から回避を求められた別の置き場の利用はやめました。

【去年8月いきなり…「ふさわしくない」】
(キャスター)
燕は「回避して別の場所にしてほしい」という要望は当時してなかったんですね。
(記者)
そうなんです。しかし、新たな火種となったのが、去年8月のことです。川勝知事は去年8月、大井川の全量戻しの方法として、JR東海が提示した「田代ダム」を視察した際、燕の発生土置き場も見に行ったんです。
そのとき、川勝知事は報道陣の取材に対し。
(2022年8月8日・燕視察後の川勝知事)
「燕沢は深層崩壊の可能性があり、ふさわしくない」

(キャスター)
これまでの段取りをひっくり返して、ノーを突きつけたんですね。

(記者)
はい。深層崩壊とは、斜面が地下深くからえぐられるように崩壊する現象で、川勝知事は、国土交通省が作った深層崩壊の推定マップには、南アルプスが「崩壊の発生する頻度が高い地域に区分されている」として、その後も、燕での崩壊の懸念を発言し、場所の再考を求めています。
(キャスター)
それまでに、専門家や会議などで深層崩壊が問題視されたことはなかったのですか?

【専門部会では、県とJRで意見対立】
(記者)
県は、これまで深層崩壊の懸念については伝えてきましたが、場所を考え直すことまでは求めていませんでした。そして、今月3日の専門部会では、県側の専門家とJR東海の担当者で意見が大きく対立したのです。会議では、JR東海が燕の上部で深層崩壊が発生し、さらに100年に一度の洪水が起きた条件で、シュミレーションしても、「盛り土の安定性や 下流の山小屋に影響はない」と説明しました。
一方、県が選任した専門部会の委員は、過去に崩壊した土砂が置き場の上部にたまっており、崩壊すると大井川下流に影響があるとして「広域的な視点で 場所を選択したらどうか」と置き場の再選定を含んだ議論をJR東海に求めました。結局、双方の「リスク」の評価基準がそろわず、議論は持ち越しになりました。

専門部会のあと、JRの担当者は率直な戸惑いを述べていました。
(8月3日・JR東海中央新幹線推進本部の澤田尚夫副本部長)
「環境影響評価を出した平成26(2014)年、その前の準備書は25(2013)年だと思いますけど、その頃からここに(発生土を)置きますよという話しをさせてもらって、知事の意見をもらってキャッチボールをしていた。もう一回、そこがいいのか (考え直す)という話は困惑している」

一方、川勝知事は、きのうの会見で。
(記者・知事の意見を出した段階で燕が適地だと考えていたのか?)
(川勝知事)
「危機感は当初と違って一気に高まりましたから。水の問題を理解したときに。発生土の問題は静岡だけでなく、すでに工事が行われている他県でも起きてますので、見る目が全く変わってきました」

【熱海土石流と構造がそもそも違う】
(キャスター)
知事はこう言ってますが、2013年に計画を出してきているのに唐突感が拭えません。
(記者)
背景は2つあると思います。1つは、おととしの熱海土石流を受けた懸念です。燕で造成する盛り土は、熱海の土石流の起点にあった盛り土と単純に比較すると、量は65倍以上で、高さも65メートルになります。
ただこれも、冷静に見てみると、熱海の土石流のように急斜面の谷間に盛りっぱなしにするのではなく、平地に積み、30センチごとに圧力をかけて固めるなど、そもそもの構造が違います。なので、単純に危険性を主張するのは難しいと思います。
そして、もう一つは、水の問題がおさまってきたので次は、これまで懸念だけ示してきた土の問題で、JR東海と議論することを思いついたという見方もされています。

(キャスター)
今後の議論はどうなるのでしょう。
(記者)
燕については、国の有識者会議では盛り土の造成後に植樹するなどの緑化計画が示されていて、今後、議論が進む見通しです。一方で、県は「場所ありきの議論」に反発していて、議論が長期化する可能性があります。県というか川勝知事は、これまでの経緯を踏まえてというより、思いつきでやっている感は否めません。知事はリニア新幹線に賛成だといっていますので、いずれにしても真に建設的な議論を積み重ねてほしいと思います。