「核のごみ」処分地選定に向けた「文献調査」求める請願 可決

佐賀県玄海町の議会は25日開いた特別委員会で、いわゆる「核のごみ」の処分地選定に向けた第一段階の調査にあたる「文献調査」への応募を町に働きかけるよう求める請願を賛成多数で可決しました。
「文献調査」の受け入れを求める請願が正式に採択されれば、原発の立地自治体の議会としては初めてとなります。

原子力発電に伴って出る高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」は長期間強い放射線を出し続けることから、地下300メートルより深くに埋めて最終処分を行うことが法律で決まっていて、処分地の選定に向けた調査は3段階で行われます。

玄海町の議会は町内の3つの団体が第1段階の「文献調査」への応募を町に働きかけるよう求める請願を今月提出したことを受けて、25日、特別委員会を開いて請願を審査しました。

この中では、全国に議論を促すのが目的であり、最終処分場の設置についていま議論すべきではないという意見の一方、風評被害を懸念する意見も出されました。

このあと行われた採決では、賛成が6人、反対が3人で請願は可決されました。

特別委員会にはすべての議員が参加していることから、請願は26日の本会議でも可決され正式に採択される見込みです。

原発の立地自治体の議会が「文献調査」の受け入れを求める請願を採択すれば初めてで、今後は、町長が町として文献調査を受け入れるか判断することになります。

処分地の選定を巡っては、北海道の2つの町と村を対象に全国で初めて行われた「文献調査」の結果、次の段階に進めるとした報告書案がことし2月にまとまりましたが、地元からは北海道以外への調査の拡大を求める声が上がっています。

【採決に賛成した玄海町議会の上田利治議長の話】
採決に賛成した玄海町議会の上田利治議長は委員会のあと、「いい方向で議論が進んだのではないか。原子力発電所とは共存共栄し、互いに協力しながら国の原子力政策に協力してきたと自負している。文献調査に応募することによって、他の原発立地自治体での議論を進める起爆剤になりたい」と述べました。

【採決に反対した玄海町議会の前川和民議員の話】
採決に反対した玄海町議会の前川和民議員は委員会のあと、「町民がほとんどこの話題を知らないなかでこのような決め方は横暴だ。町の将来に関わることなので慎重に審議して採決に臨むべきだった。あくまで文献調査は地層処分の設置に向けた第一段階であり、将来の立地する方向への大きな分岐点になるのではと懸念している。議論に一石投じただけで終わらず、先に進む可能性があることの認識が足りていない」と述べました。

【玄海町の脇山町長の話】
玄海町の脇山町長は委員会のあと記者団に対し、「これまで議会でみなさんよく議論をされたと思う。委員会のあとの本会議での結果を踏まえ、私も決断しなければならない。今回、町民から請願が出て、議会で採択されたことは重く受け止めている」と述べました。

その上で、文献調査への応募を判断する時期については、「住民に最終処分場がどういったものか、きょうの議論をもっと知ってもらってから、大型連休明け以降に最終的な判断をしたい」と述べました。

【九州電力のコメント】
玄海原子力発電所がある佐賀県玄海町の議会の特別委員会が「文献調査」への応募を求める請願を可決したことについて、九州電力は「大変ありがたいと考えている。今後、本会議で議会としての判断が行われると思うが、文献調査の受け入れについては最終的に自治体が判断するものと認識している。引き続き、今後の動向を注視して参りたい」とコメントしています。

【請願書を提出した飲食業組合の組合長は】
請願書を提出した3団体のうちの1つ、飲食業組合の川崎隆洋組合長は、玄海原発の近くで飲食店を経営しています。

客の多くは原発関連の作業員ですが、2015年以降、玄海原発1号機と2号機がいずれも廃炉となったことで客は減り、収入は以前と比べて4割ほど落ち込んだということです。

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大でも大きな打撃を受け、厳しい経営状況が続く中で、ことし2月ごろからほかの飲食店経営者と話し、請願書の提出を検討してきたということです。

川崎さんは「原発の建設当初は町の人にものすごく元気があったが、今はだいぶん廃れてきたねと母がよくいう。当時はうちの前にスナックが何軒も連なって、1時、2時になってもたくさん人が歩いていたが、今はガラガラになっている」と話していました。

その上で、「原発の近くで仕事をしていて原発の恩恵は身にしみて分かっている。このままだとこれから先の玄海町は廃れていく。人口も徐々に減っていて、これから先の見通しがたたない。文献調査でそれがどうなるかは分からないが、振興策の一つになれば」と請願を出した理由を話しています。

【玄海町 町の人たちの話】
玄海町議会の特別委員会で「文献調査」への応募を求める請願が可決されたことについて、町の人たちの受け止めを聞きました。

70代の女性は「議会があって初めてこういう問題があることを知った。私には何がどうなるのかもまるっきり分からないし、町民に何一つ説明もない。上の人たちがすることには従うしかないと思っている」と話していました。

また、60代の女性は「請願書ごとに中身が違っていて、納得できるものもあるがそうでないものもある。どこかが『核のごみ』を受け入れなければならないと言うけれど、それなら玄海町でなくてもいい。『核のごみ』が生まれ続ける状況そのものに反対している」と話していました。

【核のごみの最終処分に関する経産省審議会の元委員の話】
核のごみの最終処分に関する経済産業省の審議会の元委員で、この問題について市民が対話する取り組みを全国で行ってきた環境カウンセラーの崎田裕子さんは「これまで原発の立地地域は『日本のエネルギー政策に貢献してきたので、最終処分に関してはほかの地域で考えてほしい』というところが多かった。今回の玄海町の議論では、実際に原発に使用済み核燃料があり、どう処分していくかの道筋をつける必要性に強い思いを感じるので、非常に新しい動きだ」と指摘しています。

一方で、「立地地域の方と話していると電力消費地の皆さんは原発の施設整備や安全運転の苦労に関心がないんじゃないかという声を耳にしてきた。やはり立地かどうかということでなく、全国の課題としてみんなで考えていくという機運を作ることが大事なのではないか」と話しています。


【玄海原発とは】
玄海町の玄海原子力発電所は、1975年に1号機が運転を開始して以降、順次増設され、1997年には4号機が運転を始めました。

4基の原発が九州の電力需要を支えてきました。

このうち3号機は2009年に「プルサーマル発電」を開始しました。

原発の使用済み核燃料を再処理したあとに出るプルトニウムを混ぜた特殊な核燃料を使用する国の核燃料サイクル政策の一環で、玄海原発が国内で初めてのケースとなりました。

プルサーマル発電の開始に先立ち、玄海町と佐賀県は九州電力の計画を受け入れることに同意し、国の政策に協力してきました。

2011年の福島の原発事故のあと、原発の運転期間が原則40年に定められたことから、九州電力は運転年数が長く出力の小さい1号機と2号機の廃炉を決定。

2015年に1号機が、2019年に2号機が運転を終了し、現在は3号機と4号機の2基が稼働しています。

【玄海町とは】
玄海町は佐賀県北西部に位置する人口5100人余りの町です。

玄界灘に面し漁業が盛んですが、海に囲まれた半島地域で平野部が少なく、水資源が乏しいため、産業の振興が難しい地域でした。

こうしたことから町は原発の誘致を進め、1975年には九州で初めてとなる玄海原子力発電所の1号機が運転を開始し、以来、およそ半世紀にわたって原発が立地する自治体として歩んできました。

令和6年度の当初予算では、歳入のうち6割近くを原発関連の交付金や固定資産税の税収など、原発関連の収入が占めています。

財政は安定していて、県内では唯一の国から普通交付税を受け取らずに財政運営を行う「不交付団体」です。

町では原発関連の交付金を活用し、これまでに町内の保育所の運営や子どもの学習支援といった事業のほか、体育館や温泉施設といった公共施設の整備・改修に充ててきました。

一方で、人口はピークだった平成7年の7700人余りからおよそ3割減少したほか、高齢化率も31.6%と全国平均の28.6%よりも高く推移しています。

町では原発立地自治体の企業の電気代を補助する国の制度を使い、データセンターの誘致を進めるなど、原発をいかした企業誘致を進めていますが、人口減少と高齢化が急速に進む中、原発以外の産業をどのように育成していくかが課題となっています。