復帰52年 復帰運動に関わった人が辺戸岬で観光客に語る

沖縄が本土に復帰して52年となる15日、沖縄本島の最北端で本土に最も近く、復帰の記念碑もある国頭村の辺戸岬では、当時、復帰運動に関わった人たちが、観光客に当時の状況や基地負担の現状などについて語りかけました。

国頭村の辺戸岬は、復帰前、20キロあまり離れた鹿児島県の与論島との間で、互いに沖縄の復帰を願ってかがり火がたかれるなど、復帰運動のゆかりの地となっています。

本土復帰から52年となる15日、復帰運動に関わった人たち3人が集まり、観光客に当時の状況や基地負担の現状などについて語りかけました。

このうち、名護市の山城正二さん(88)は元教諭で、復帰前に沖縄の現状と本土復帰に理解を求める2000通もの手紙を全国の人たちに送り続けたということです。

山城さんは「沖縄の基地問題の現状は悪くなっていると感じる。復帰について知らない人が増えていることを残念に感じる。みなさんが知らないうちに自衛隊の配備などが強行されてきている。これらも命のかぎり皆さんに伝えていきたい」と話していました。

また、52年前の5月15日が結婚記念日だという、大宜味村の金城健一さん(79)は「5月15日は希望の日だと思い結婚は復帰の日と決めていた。ところが52年たっても基地問題など日本政府の沖縄に対する施策は変わっていない。これからもずっと訴え続けていきたい」と話していました。

東京から観光で訪れた40代の夫婦は、「基地の問題など、テレビでしか知ることができませんでしたが、実際にお話を聞いて、みんなで考えないといけない問題だと改めて感じました」と話していました。