フィリピン・スービック跡地開発 取材で見えてきた“光と影”

2月2日から3日間、玉城知事はフィリピンを訪れ、30年あまり前にアメリカ軍から返還されたクラーク経済特区を視察しました。フィリピンには同じ時期にもう1つ返還されたスービック海軍基地跡地の経済特区もあります。クラークが物流の空の玄関になっている一方で、スービックは海の玄関となっていますが、現地を取材すると、沖縄としては見過ごせない事実も見えてきました。

(NHK沖縄放送局記者 喜多祐介/マニラ支局長 酒井紀之)


【アメリカ海軍基地が経済特区に】

クラーク地区から車で1時間弱のところに、かつてアメリカ海軍の基地だった、海沿いのスービック地区があります。

「見渡せるところが全部アメリカ軍基地でした。向こうには中央ビジネス地区があり、さらに向こうには灯台やマリーナ、ホテルやレストランなどがあります」

こう説明するのは、スービック湾都市圏開発公社のメディア担当者です。湾を取り囲むように建物が並ぶ、基地の跡地。ここもクラーク地区と同様に、経済特区とされました。

このエリアの強みは南シナ海に面した港湾機能。造船関係のほか、中古車や機械類の貿易など、およそ1800の企業が拠点を構え、15万人以上の雇用を生み出しています。さらに、ビーチ沿いが人気の観光エリアとなり、国内外から多くの人たちが訪れていました。地元の観光客は「本当に美しい場所で、家族と一緒に来ました。ビーチや雰囲気が気に入っています」と話していました。

このエリアの開発や運営を担うスービック湾都市圏開発公社では、返還から30年あまりがたち、基地に頼らない経済発展が実現できていると強調しました。

(ヴォン・ロドリゲス 事務長)
「アメリカ海軍がここにいた時代、発展は直接影響を受ける地域に限定されていました。でもこの地域が自由貿易港に転換されてから、国内全域に影響を及ぼすようになりました。アメリカ軍が撤退した際、4、5万人が職を失いましたが、いまはその3倍の数の人が働いています」

【見過ごせない実態も】

一方で、現地で取材していると、沖縄にとっては見過ごせない実態も見えてきました。返還されて民間利用されている港に、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦や輸送艦など、複数の軍艦が停泊していたのです。

地元の人たちは訓練や補給のため、頻繁に寄港していると話していました。そして、「アメリカ軍はいたほうがいい。安全のために。フィリピンにはなにもできないから。中国がずっと嫌がらせしてくるんだ」と話しました。

中国が南シナ海での活動を活発化させていることを背景に、再びフィリピンに回帰し、各地に拠点作りを進めているアメリカ海軍。多くの人が、寄港を容認していると語りました。

そして開発公社もビジネスの1つとして受け止めていました。

(ヴォン・ロドリゲス 事務長)
「アメリカ軍が来るとホテル・観光がにぎわい、港の施設がフル稼働します。軍事的存在というより、経済的な利益も得られる商業的な存在として捉えています」

【反発を強める人も】

ただ、アメリカ軍の活動に危機感を募らせている人たちもいます。2月4日には首都マニラで、抗議デモが行われていました。返還されたにもかかわらず、訓練や抑止力を理由に基地の跡地を再び使用していることに、反発を強めています。

(反対グループ男性)
「元アメリカ軍基地が燃料補給などで使用され続けていますが透明性に欠けています。私たちは1991年に基地を追い出すことに成功したが、アメリカ軍の回帰を防げなかった。沖縄への助言としては、政府がアメリカ軍に抵抗し続けるよう働きかけることです。“人道支援”や“合同演習”の名目でアメリカ軍が戻ってこないように」

フィリピンで垣間見えた基地返還の光と影。玉城知事は開発計画だけでなく、アメリカ軍の動向も注視していく考えを示しました。

(玉城知事)
「アメリカ軍がフィリピンにおいてどのように政府間で合意し、訓練のための使用あるいは港を使用しているのか我々もしっかり調査する必要がある。どのような対応をしているのか研究していきたい」

【現場で感じたのは】

現場を取材して、ひと言で言うと、すごくパワフル、エネルギッシュだと感じました。

現地の人たちは、アメリカ軍は元々「いい場所に基地を構えている」ので、地理的、地勢的な優位性があると強調していました。ただ、それだけでなく、現地の公社に大きな裁量が与えられていることが重要だと感じました。政府が最初は支援して場を設定するものの、あとの中身は、随時計画を変更したり、企業にどんな支援をするのか判断したりと、時代や実情にあわせて、公社が権限を持って柔軟に進める仕組みです。沖縄でも今後参考にすべきだと思います。

一方で、基地返還後のアメリカ軍の動向については、2つのポイントがあります。

1つはアメリカ軍“回帰”です。返還は冷戦終結の直後で、アメリカとしてはコストをかけて基地を構える必要性が下がっていました。しかし今また、中国が周辺で軍事的活動を活発化させていることを背景に、再び、フィリピンの重要性が増しているのです。

アメリカ軍はいま、冷戦期のような重厚な拠点を構えるのではなく、いわば“軽い基地”、寄港できるポイントをたくさん作っておく戦略に変わってきています。訓練や休養名目でアメリカ軍が最近、沖縄各地の港や拠点を使おうとしているのも、これと同じです。専門家は、この先の沖縄の基地返還後も、注意が必要だと指摘しています。

(東京工業大学 川名晋史教授)
「アメリカは日本に限らず、世界的にいろんな基地に出たり入ったりしていますが、出る際に再使用の権利、リエントリーライトを必ず担保して出て行きます。ですので沖縄においても、おそらくそのような可能性が模索されるのではないでしょうか。フィリピンの事例は基地を巡る派遣国と受け入れ国の微妙な関係性を映す鏡だと思います」

そして、2つめは環境問題です。フィリピンでは、返還後、アメリカ軍が残していった有害物質によって、住民の健康被害が問題となりました。同じようなことは、沖縄でもこの先の懸案の1つとなっています。

これについて玉城知事に現地で聞いたところ、「沖縄の場合は事前に返還される区画がわかっているので、土壌や水質汚染など基地が原因である蓋然性が高いことについては、事前に、前倒しして、政府に調査や浄化に本気で取り組んでもらいたい」と話していました。

【返還実現に備えて考えるべきことは】

そして、沖縄で返還が実現するのは、まだ先のことになりそうですが、今から考えておくべきこととして2つのポイントがあると感じました。

1つは、開発計画についてです。沖縄ではいま普天間基地や那覇軍港で構想が練られていますが、泡瀬干潟も含めて、限られた土地に、同じようなコンセプトをそれぞれの場所に詰め込もうとしているという印象がぬぐえません。土地の広さが違うため一概には語れませんが、フィリピンの基地跡地は、アジア地域におけるハブ機能となることを目指して一定の広さをかけて役割分担し、それぞれリンクさせながら開発を進めていました。現地を取材した感想として、沖縄でも、こうした大胆な役割分担を検討してもいいのかなと思いました。

2つ目は、経済効果の考え方です。沖縄、ひいては島国という点で日本全体にいえるかもしれませんが、土地開発の際、どうしても地元企業の直接的な利益を考える傾向が強いと感じます。フィリピンの場合は、直接地元企業を優先するというより、とにかく資本力のある企業を、国内外から呼び寄せて、まず経済を大きく底上げし、雇用を増やしたり、関連ビジネスを増やしたりして地元に還元するという仕組みになっていました。それに不満をもつ人もいましたが、全体としては周辺を含めて地域が発展しているのは事実ですので、こうした考え方も、参考になるのかなと感じました。