77年前の沖縄戦で死亡の米兵遺族 糸満市の壕を初めて訪問

77年前の沖縄戦で命を落としたアメリカ兵の遺族が10日、兵士が亡くなった沖縄県糸満市の壕を初めて訪れました。

沖縄戦最後の激戦地となった糸満市束里にある壕では、沖縄戦で旧日本軍の組織的な戦闘が終わったされる6日後の1945年6月29日に、海兵隊員2人が日本兵に撃たれ亡くなりました。

このうちの1人、「ジョン・クイン隊員」の甥で、アメリカに住むラリー・パレノさんが10日、現場を初めて訪れました。

パレノさんは、この場所で遺骨収集を行っているNPOが発見した「John Quinn」と書かれた「認識票」を手に取ると、しばらく見つめたあと「ありがとう」と述べました。

このあとパレノさんは、壕の中に入って「認識票」が見つかった場所を確認しました。

パレノさんは「壕の中に入った時に感情があふれ出てことばになりませんでした。アメリカの家族にも『おじさんがここにいるように感じ、彼の歩みをたどっているような気がした』と伝えたい」と話していました。