シカ“虐待”問題で県が調査結果公表 「施設の環境が不適切」

奈良公園のシカを保護している「奈良の鹿愛護会」が、施設内に収容しているシカに十分なエサを与えていないと指摘されている問題で、県は施設の環境が不適切だったとする調査結果を公表しました。

奈良公園のシカを保護している「奈良の鹿愛護会」は、農作物を食い荒らすなどした、シカを施設内にある「特別柵」というエリアで収容していますが、これらのシカに十分なエサを与えず衰弱させていると指摘され、県がことし9月から施設の管理体制について調査を進めていました。
このほどまとまった調査結果では、動物福祉の国際的な5つの基準などに照らして、エサの質や与え方、過密に収容され休息の場所が不足していることなど、すべてで問題があり不適切だったと指摘しています。
県は調査結果をふまえ「愛護会」の責任が重いとしたほか、県自身も主体的に飼育状況を把握していなかった点で、一定の責任があるとしています。
そのうえで特別柵での飼育方法については、愛護会が有識者のアドバイスを受けて、特別柵の環境を改善するべきだとしています。
そして今後、特別柵をどうしていくかについては県の検討委員会に、獣医師や農業関係者なども加えた部会を設置して検討し、1年後をめどに対策を示すとしています。
山下知事は「今のルールでの保護管理は一定、見直さざるをえない。予算が足りなければ奈良市などと話し合って、増額も検討したい」と話しています。

この問題を県や市などに通報した「奈良の鹿愛護会」専属の獣医師 丸子理恵さんは「県に不適切だと認めてもらったのは良かった。内部で解決したかったが、今回、通報して県の結果をいただいて良かったと思っている。特別柵での飼育について愛護会は今後、県などを交えて、しっかりとあり方を考えてほしい」と話していました。

一方、「奈良の鹿愛護会」の山崎伸幸事務局長は「厳しい指導をいただいたと考えている。ただ、特別柵の中のシカの頭数が多く、愛護会の手が回っていない現状については県に相談もしており、把握していたはずだ。今後は専門家の指導のもとで、シカの育成方法について改善していきたい」と話していました。

【専門家は】
今回、県がまとめた調査結果について、シカの生態や野生動物と地域社会との関係について研究している北海道大学大学院の立澤史郎特任助教は「特別柵の環境改善という意味では妥当な判断だ。虐待かどうかは奈良市が判断することなので、その意味でまだ結論は出ていないが、いまのように、特別柵にシカが収容されていく状況や環境は見直す必要がある」と話しています。
一方で「特別柵の環境を整えても、そもそも野生動物を飼育することについて、世界的にはかなり厳しい目が向けられている。
終生、飼育すること自体の是非についてもこれから議論されるべき」と指摘していました。

【奈良のシカ】
奈良公園などに生息するシカは、昭和32年に国の天然記念物に指定され、合併前の奈良市全域が主な生息地域とされました。
国の天然記念物に指定されたことで、法律による保護の対象となりましたが、市内各地でシカによる農作物への被害が問題となり、昭和50年代には農家が国などを相手に裁判を起こしました。
裁判などを受けて、国や県はシカの生息範囲を奈良公園を中心に4つのエリアにわけて、それぞれの保護や捕獲の基準を示すことになり、現在では、興福寺や春日大社などのエリアを「重点保護地区」、その周辺の春日山原始林や市街地などを「保護地区」としています。
これらのエリアには農地はほぼなく、シカの捕獲や駆除は基本的に行われません。
一方、それ以外の地域は「緩衝地区」と「管理地区」に分けられています。
このうち、「管理地区」は農業被害を防ぐためシカを駆除することが可能となっています。
一方、「緩衝地区」はシカの駆除はできませんが捕獲はできるようになっていて、「特別柵」に収容されているシカの大半は、このエリアで生息していました。
愛護会では、生け捕りにしたシカを野生に戻すと再び農業被害を起こすおそれがあることから、こうしたシカを「特別柵」で原則、死ぬまで収容することにしています。

【「特別柵」】
今回、虐待の指摘があった「特別柵」とは、畑などで農作物を食い荒らしたり、人を攻撃したりするなど、人間に何らかの危害を加えたシカが収容されている場所です。
シカの保護活動を行う「奈良の鹿愛護会」が奈良公園で運営している保護施設「鹿苑」の中にあり、広さはおよそ5000平方メートルです。
ふだんは一般公開されていますが、現在は工事のため一時的に見学できなくなっています。
この中ではシカが雄と雌で別々に分けられ、それぞれフェンスに囲まれた状態で収容されていて、一度、収容されたシカは原則、外に戻されることはありません。
収容されているシカには、エサとして1日に2度、市販されている穀物などが与えられ、けがや病気などで治療が必要だと判断されれば、別のエリアに移動させて、適切な処置が行われているということです。
愛護会によりますと、特別柵に収容されているシカの数は、6日時点で、雄が98頭、雌が131頭に上るということです。