長崎原爆の日 投下から77年 犠牲者への祈りささげる

長崎に原爆が投下されて9日で77年です。
被爆地・長崎は9日一日、犠牲者への祈りをささげるとともに、ロシアのウクライナ侵攻で核兵器の脅威が高まる今こそ、核兵器のない世界の実現と「長崎を最後の被爆地に」という願いを国内外に発信します。

長崎に原爆が投下されてから77年となる9日、長崎市の平和公園では午前10時40分から平和祈念式典が行われ、被爆者や岸田総理大臣のほか、各国の代表らが参列します。

ことしは新型コロナウイルスの影響で規模を縮小した去年とおととしの3倍以上となる、およそ1700人が参列する見通しです。

一方、安倍元総理大臣が銃撃された事件を受けて、要人が集まる大型テントの中は私服の警察官に加えて制服の警察官も配置し、いわゆる「見せる警備」を重視した警備態勢が敷かれることになっています。

式典では、この1年に亡くなった被爆者など3160人の名前が書き加えられた19万2310人の名簿が納められます。

そして、原爆がさく裂した午前11時2分に黙とうをささげます。

ことしは6月に核兵器を全面的に禁止する初めての国際条約、核兵器禁止条約の締約国会議がオーストリアで開かれ、長崎の被爆者は現地を訪れ、核軍縮の機運を高めようと悲惨な被爆体験を証言しました。

一方、ことし2月以降はウクライナに軍事侵攻したロシアが核兵器をちらつかせる威嚇を続けていて核の脅威が高まっています。

このため長崎市の田上市長は、ことしの平和宣言で核兵器の使用は現在進行形の危機だとして、今こそ核兵器のない世界を実現しようと訴えることにしています。

ことし、被爆者の平均年齢は84歳を超えました。

長崎ではことし3月、主な被爆者団体の1つが高齢化を理由に解散しました。

被爆の記憶をどのように若い世代に引き継ぎ、世界に訴え続けていくかは被爆地・長崎にとって差し迫った課題となっています。

長崎は9日一日、犠牲者への祈りをささげ「長崎を最後の被爆地に」という願いを国内外に発信します。