風評被害を抑えたい 茨城大学の取り組み
東京電力福島第一原子力発電所にたまる放射性物質のトリチウムなどが含まれた処理水。
水産物のトリチウムを精密に分析するには1か月以上の期間が必要で、処理水が放出されることになった場合に備えて、この分析を短時間でできないかという研究が茨城県内の大学で進められています。
「科学者としての専門知識を生かし風評被害の抑制につなげたいー」。
研究を取材しました。
(水戸放送局記者 小野田明)
【トリチウム専門の研究室】
茨城県水戸市にある茨城大学大学院理工学研究科。
白衣姿の学生がヒラメをさばいて行っているのは、魚の体内に含まれるトリチウムの分析です。
世界的にも数少ないトリチウムの専門家である鳥養祐二教授と学生たちが、専門知識を生かし処理水の風評被害を抑制できないかと研究を進めています。
(茨城大学大学院理工学研究科 鳥養祐二教授)
「魚のトリチウムは一般的に測定するのに非常に時間がかかります。それをいかに短く測るかという研究をやっています」
【時間がかかるトリチウム分析】
水産物に含まれるトリチウムを精密に分析するにはまず、凍結させた魚を真空状態にして水分を蒸発させ、測定に必要な水分を抽出する必要があります。
こうした前処理作業だけでもおよそ1か月かかります。さらに測定を含めると分析には全体で1か月半の期間が必要です。
処理水の放出が始まった場合、水産庁は福島第一原発の半径10kmの範囲の魚を、別の方法を使って迅速に分析する方針です。
結果の公表は水揚げの翌日か翌々日を目指すとしています。
鳥養教授は風評被害を抑制するには、この分析期間の長さが課題だと指摘します。
(茨城大学大学院理工学研究科 鳥養祐二教授)
「処理水の放出が計画通りであるのかを示すためにも、魚や海水のトリチウムが速やかに測定され、公表されることが一番重要だと考えています」。
【分析時間が大幅に短縮】
鳥養教授と学生たちが分析期間を短くするために実験を重ねてきたのが「マイクロ波加熱法」という方法。
魚を入れた耐熱容器を、チャック付きの袋に入れて電子レンジで加熱することで、魚の水分を抽出します。
(茨城大学大学院理工学研究科 南場大輝さん)
「はじめの頃はワット数を調整するところから始めました。いろいろ試行錯誤した結果、100ワット、15分で加熱すると、容器なども溶けず必要な量の水が回収できました」。
去年から100回以上の実験を繰り返し、測定に必要な水分を迅速に抽出できる方法をことし確立しました。
この方法では、水分の抽出時間を大幅に削減でき、前処理作業はおよそ30分に短縮。
専用の機械で行うトリチウムの測定も、一定の濃度を下回っているかどうかを確認することで、分析時間は全体でおよそ1時間に短縮できます。
(茨城大学大学院理工学研究科 鳥養祐二教授)
「トリチウムに起因したピークがちゃんと出ていて正しく測れてることが分かります」
実用化を目指し、実験を続ける学生たち。研究者の立場から、処理水の問題と向き合っています。
(茨城大学大学院理工学研究科 細根孟留さん)
「安全と同時に安心を得ていただくためには、迅速な測定をしなければいけないし、現実的な面ですぐに結果を出さなければいけない。すぐに結果になるのがモチベーションとして高い。僕としてはそこにやりがいを感じています」
(茨城大学大学院理工学研究科 南場大輝さん)
「社会に役立つわかりやすい研究ですので、やりがいを感じています」。
【研究に期待の声も】
学生たちの研究に期待を寄せる声もあります。
県の内外のスーパーなどに水産物を販売する卸業者です。
(県内の水産物卸業者)
「風評被害をみんな懸念しているので、処理水が実際流れると扱わないっていう業者さんも多少でてくると思います」
原発事故のあとは福島県産や茨城県産の水産物が売れず、売り上げが下がったということで、今回の研究は風評被害の抑制につながるのではと期待しています。
(県内の水産物卸業者)
「風評被害が一番心配です。実現に向けて応援していきたいですし、頑張ってほしいと思います」
【復興と風評被害の抑制へ】
自分たちが研究をする目的は何なのか。
学生たちはことし5月26日、福島第一原発を訪れ処理水の現状を確認しました。
福島の復興のためにも、増え続ける処理水の処分と風評被害の抑制に取り組む必要があるという思いを新たにしました。
(茨城大学大学院理工学研究科 細根孟留さん)
「廃炉の現場を実際にみて、さらに研究を頑張らなければならないという意思が固まった」。
政府は放出開始の時期を夏ごろとして、具体的な時期を最終判断する方針です。
教授と学生たちは研究の成果を早急に論文としてまとめて公表し分析方法の普及を図りたいとしています。
(茨城大学大学院理工学研究科 南場大輝さん)
「消費者に届く前の過程で、この方法を使って迅速に測定し、新鮮かつ安全確認ができている魚を消費者の方に届けていただきたいです」
(茨城大学大学院理工学研究科 鳥養祐二教授)
「安心できることが最終目的です、それと同時に福島の復興が1日でも早く終わることっていうことですね。そのために学生と一緒にいま頑張っています」
【放出の場合 風評被害対策を】
全量ではなくサンプル分析のため手軽に行えることがメリットでもある今回の方法。
鳥養教授によると、研究段階では従来の時間がかかる方法と遜色ないことが確認されていて、民間での実用化に向けた調整も続けられています。
処理水の放出をめぐり国内の漁業関係者や周辺国に反対や懸念の声もあるなか、放出の計画については漁業者や消費者の国民へより丁寧な説明が必要であり、慎重な判断が求められます。
それでも、やむをえず放出するとなった場合には風評被害を起こさないための対策が必要です。
今回の研究のように風評被害を起こさないための対策や取り組みの重要性も増しています。