日立空襲から77年 日立製作所で634人の犠牲者を追悼

77年前、昭和20年6月10日に大規模な空襲で600人を超える社員が死亡した茨城県日立市の日立製作所で、社員らが犠牲者を追悼しました。

かつて多くの軍需工場があった日立市は、太平洋戦争末期の昭和20年の6月から7月にかけて、アメリカ軍による空襲や艦砲射撃を受け、1500人以上が死亡しました。
このうち6月10日の空襲では、日立製作所では社員634人が犠牲となり、10日朝は幹部社員など4人が市内の霊園を訪れ、犠牲となった社員の名前が書かれた石碑の前で、静かに手をあわせていました。
また、市内にある事業所では、空襲があった午前8時51分にあわせておよそ2000人の社員たちが黙とうをささげていました。
日立製作所日立事業所の根本充主任は「たくさんの先輩方がこの場所で亡くなったことを忘れず、そして同じことを繰り返してはいけないと後世に伝えていくためにも、この慰霊の行事を続けていきたい」と話していました。