「錆和紙」の世界へ誘う

和紙をすきあげる際、「コウゾ」の木の皮に土や砂などを混ぜ合わせて独特の和紙を生み出す浜田市出身の作家がいます。
今回初めてふるさと・島根で和紙の新たな境地を切り開こうと3か月にわたって制作を続けた新進気鋭の和紙作家の挑戦の日々を追いました。

その作家が手がけるのは「錆和紙」という作品。
真っ白な従来の和紙とは異なり、原料となる「コウゾ」の木の皮とともに、土や砂、それに砂鉄などを混ぜてすきあげて作ります。
日本文化を象徴する「わび・さび」に通じる落ち着いた色合いなどがうまれることから「錆和紙」と名付けられました。
作っているのは浜田市出身の和紙作家、伊藤咲穂さん。
錆和紙の魅力を「植物そのものの強さをいかしたうえで、さまざまな素材を境界線無く混ぜ込めるところ」と話します。
東京の美術大学に在学中に、和紙に魅了されたという伊藤さん。
きっかけは、1200年以上前から作られてきたとされる富山県の「五箇山和紙」の紙すき体験でした。
「コウゾ」の皮を積もった雪の上で日光にさらし、自然の力で徐々に漂白する伝統の「雪さらし」。
伊藤さんは「コウゾの皮が絹みたいで、こんなに美しい素材があるんだということにとても感動し、興奮する感覚を覚えました」と話します。
そこから和紙の魅力に引き込まれ、和紙作りの道へ入った伊藤さん。
コウゾの皮と溶液を混ぜる和紙作りの基本作業をしているときに、「子どもの時のどろんこ遊びのようだ」とひらめき、そこからもっと違う表現を生み出せるのではないかと思ったといいます。
これが、「錆和紙」の原点となりました。
独創的な作風は4年前に開いたニューヨークでの個展でも話題を呼び、伊藤さんは和紙作家としての名を確かなものにしていきました。
そんな伊藤さんが、今回初めて挑戦したのがふるさと・島根をイメージした和紙づくりです。
創作の場として、島根を代表する出雲大社がある出雲市を選びました。
出雲に集う神々を迎える稲佐の浜で混ぜ込む砂を集めると、3か月におよぶ「錆和紙」づくりが始まりました。
最初に作り上げたのは、出雲大社の屋根をイメージし、白い山のようにも見える作品。
その屋根の下から何かが湧き上がってくるようなイメージで作ったといいます。
ところが、思わぬ事態に発展しました。
作品は自分が思い描いていたイメージと離れていたというのです。
出雲大社を心に思い浮かべながらも作品の完成形がつかめず、伊藤さんの悩む日が続きました。
縁結びの神様をまつる出雲大社、その近くを歩いているときに今回サポートをしてくれた地元の人たちへの感謝の気持ちが思い出され、それが作品づくりのきっかけとなりました。
感謝の気持ち、そして出雲で得たつながりは「水滴」という形で和紙の上に表現されました。
水玉1つ1つに出雲で出会った人たちを重ね合わせたのです。
錆和紙に欠かせない砂鉄で黒い部分を作り、その中に水滴が際立つよう作業は進められていきました。
「水の衝撃が砂鉄の黒に当たった瞬間にパッと円ができ、それが命が生まれた瞬間のような感覚だった」と伊藤さんはその時の感覚を振り返ります。
紆余曲折を経て、これまでなかった全く新しいデザインに到達しました。
伊藤さんは「出雲に来なければこういう作品はできませんでした。自分の感覚の核心に気づくことができました」と振り返りました。
3か月かけて完成した作品は出雲大社など3か所に奉納され、和紙作家として新しい扉を開いた伊藤さん。
「和紙が持つ可能性がまた違った角度で感じてもらえる機会になってくれたらうれしいです。今回はスタートで、これを軸に新たな表現を生み出していけたらいいなと思います」と話していました。
島根で生まれ、そのふるさと・島根で作品づくりのヒントを得た伊藤さんがこれからどんな作品を作っていくのか注目です。