2月24日に退任 京都市の門川市長 4期16年を語る

今月(2月)24日に任期を終える京都市の門川市長。
退任を前にNHKの単独インタビューに応じました。
4期16年を振り返り、まちづくりへの思いや「着物市長」にこだわり続けた理由などについて語りました。

【門川市政16年の振り返り】
門川市長は京都市出身の73歳。
京都市の教育長を務めたあと、16年前(平成20年)の京都市長選挙で、当時の桝本頼兼市長の事実上の後継として立候補し、初当選を果たしました。
その後、3回連続で当選を果たし、去年8月、4期目の今期かぎりでの退任を表明しました。
任期中には、質の高い宿泊施設の誘致など観光の振興に取り組み、京都市を訪れる観光客は、平成20年の5021万人から平成27年には過去最高の5684万人と、およそ660万人増加しました。
平成30年には、宿泊客から1泊あたり200円から1000円を徴収する「宿泊税」も導入しました。
また、「敬老乗車証」制度の見直しや職員数の削減といった行財政改革に取り組み、長年赤字が続いていた市の財政は、昨年度(令和4年度)、一般会計の決算で、22年ぶりに黒字を達成しました。
このほか、文化庁の京都市への誘致や京都市立芸術大学のJR京都駅近くへの移転などにも取り組みました。
就任直後から和装で公務に当たっていて、「着物市長」としても広く全国に知られています。

【門川市長 “後世の市民が評価”】
門川市長は、4期16年の市政運営について自己評価を問われると、「後世の市民や歴史家が評価することだろう。『いま』に責任を持つことが大事であると同時に、未来にも責任があると主張してきた。10年後、20年後、もっと先に、『あのときの改革があったから輝く京都がある』そう思ってもらえると確信している」と述べました。
京都市が長年苦しんでいる財政運営について、「地下鉄(東西線)をバブル期に造ったため、ものすごくたくさんの借金があった。これを返済しなければならずしんどかった」と述べました。
そのうえで「ただ、(市長に就任してから市債は)20.5%にあたる4075億円を返済している。『安心してください』とは言わないが、今後も返済の計画はしっかり立てている。そして、縮み志向にならず、将来のための投資もしてきた。昨年度は過去最高の税収、過去最高の77億円の黒字になった。京都の魅力を最大限に生かす必要な投資をしていかないといけない」と述べました。
京都市立芸術大学をJR京都駅近くに移転するなど、まちづくりへの思いをめぐっては「京都は1000年を超える悠久、輝かしい歴史とともに、時代の制約でさまざまな社会的課題があったことも事実だ。その課題に真正面から地域の人と一緒に取り組んできた歴史でもある。芸大を崇仁地域に全面的に移転したが、当事者と市民ぐるみの長年の努力で社会的課題の山積した場所が劇的に変わり、『文化首都京都』のけん引役になる。崇仁地域だけでなく京都市あちこちで、そういった新たな動きが起こっていてうれしい。最も困難な課題があったところをしっかり取り組んだ時に、京都全体がよくなる。そう確信して市民と一緒に取り組んできた」と振り返りました。
門川市長は和装で公務に当たり、「着物市長」として全国に広く知られています。
門川市長は、和装を続けた理由について、「市長に就任した時にパリと(姉妹都市提携を結んで)50周年だった。その時に『パリに着物で行こう』と決めて、1週間、妻の応援も得ながら自分で着物を着られるよう練習して行った。現地ではものすごい評価、絶賛を受けて『よし、続けよう』と思ったのが動機だった。着物が世界最高の服飾文化だということを多くの人に認識してもらった。京都の文化は、重層性や多様性を大事にしている。しかし、伝統的な和の文化は厳しくなり、茶道、華道、香道、和装、和食、町家を大事にしていかなければ、京都の魅力が継承・発展しない。そのことに危機感を持ちながら引き続き着物を大事にしていきたいと思っている」と述べました。
今月(2月)4日の京都市長選挙で初当選を果たし、門川市長の後任となる松井孝治氏については、「すばらしい人物で、政策や経験がある。『松井孝治カラー』で存分に市民と連携してやってもらったら、私がいうことはない。市役所にはすばらしいスタッフがたくさんいて、市長がすべてやるわけではない。1人の100歩よりみんなの10歩のほうが大きいかもしれない」と述べました。
最後に、「4期16年、教育長も含め、長きにわたって市民の大変なご指導によって職務を終えようとしている。感謝の気持ちでいっぱいだ。市民と一緒に汗をかいて、京都のまちづくりを前進させられたことをうれしく思っている。すべて市民のご理解やご支援のたまものだ。これからも松井孝治市長のもとで京都がさらに発展するようよろしくお願いします」と市民にメッセージを送りました。