京アニ放火殺人事件 初公判で青葉被告が起訴内容を認める

「京都アニメーション」のスタジオが放火され、社員36人が死亡した事件で、殺人や放火などの罪に問われている青葉真司被告(45)は、起訴された内容について「間違いありません。こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった」と述べて認めました。
一方、被告の弁護士は、責任能力はなかったとして、無罪を主張しました。

4年前の2019年7月、京都市伏見区の「京都アニメーション」の第1スタジオが放火され、社員36人が死亡、32人が重軽傷を負った事件では、無職の青葉真司被告(45)がガソリンをまいて火をつけたとして殺人や放火などの罪に問われています。
5日から京都地方裁判所で裁判員裁判の審理が始まり、重いやけどから回復し車いすに乗って法廷に入った青葉被告は、起訴された内容について「間違いありません。当時はこうするしかないと思っていた。こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった」と述べて認めました。
被告の弁護士は、「被告は精神障害により、よいことと悪いことを区別して犯行をとどまる責任能力がなかった」などとして、無罪を主張しました。
一方、検察は冒頭陳述で被告には完全責任能力があったとしたうえで、「被告は、京アニのアニメに感銘を受けて小説家を志し、みずからの小説を京アニに応募したが落選し、アイデアを盗まれたという妄想を募らせていった。事件の1か月前に、投げやり感や怒りを強め、埼玉県の大宮駅前に行き、無差別殺人を起こそうとしたが断念した。その後、人生がうまくいかないのは京アニのせいだと考えて筋違いの恨みによる復しゅうを決意した」と主張しました。
続いて、弁護側は冒頭陳述で、「被告にとってこの事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃だった」と述べました。
このあと行われた証拠調べでは、検察が、犠牲者36人の名前や当時の年齢、それに死因などを読み上げ、このうち19人については名前は読み上げず、被害者の一覧表の番号で呼ぶことで匿名で審理されました。
殺人事件としては、記録が残る平成以降、最も多くの犠牲者を出したこの事件の裁判は、被告の責任能力の有無や程度が主な争点となり、今後、被告の精神鑑定を行った医師の証人尋問が行われるほか、被告本人が事件の背景や動機などについて何を語るのかが注目されます。

【傍聴倍率は14倍余】
初公判は、多くの傍聴希望者が予想されたことから、京都地方裁判所は近くの京都御苑富小路広場で傍聴整理券を配る対応を取りました。
裁判所によりますと、用意された傍聴席35席に対して、希望者は500人に上り、倍率は14倍余りとなりました。

【法廷にアクリル板】
法廷では、警備を理由に、被告のほか裁判官や検察官、それに弁護士などが座る訴訟関係者の席と傍聴席の間に透明のアクリル板が設置されました。
また、ほかにも検察官が被害者とともに座る席と被告との間にも同じアクリル板が設置されていました。

【初公判の詳細は】
裁判では、検察側と被告人の弁護士側が、それぞれの立場から、事件の経緯などについて説明しました。
検察は、被告の30代前半のころについて、「被告は京都アニメーションのアニメに感銘を受けたことをきっかけに小説家を志した。所属する編集者や女性監督とインターネットでやりとりをし、恋愛関係にあったというような妄想を抱くようになった」と説明しました。
そして、37歳から39歳のころについて、「10年かけたという小説が完成し、京都アニメーションに応募したが落選した」と説明し、その後、小説のアイデアを盗用されたという妄想を募らせ、インターネットの掲示板にそうした内容の書き込みをしたことも明らかにしました。
事件の1年ほど前の40歳前後のころについては、「自宅の騒音などをめぐり警察とトラブルになっているころ、インターネットで京都アニメーションに関連するページを多く閲覧し、自分とは逆にスターダムを駆け上がっていく京都アニメーションや女性監督に怒りを募らせた」と話しました。
そして事件の3日前、「人生がうまくいかないのは京都アニメーションなどのせいだ」と考え、筋違いの恨みによる復しゅうを決意したということです。
検察は「事件当日、ガソリンを購入するなど準備したが、計画どおり実行するか、引き返すかを考えてためらった。犯行の準備が行われ、一度引き返すという選択肢もあったのに実行したことに着目してほしい」と主張しました。
また、「今回は責任能力が争点になっているが、完全責任能力がある。被告は自分の小説のアイデアが盗まれ、公安に追われていると主張していて、妄想があったのは事実かもしれないが、妄想による犯行ではないと証明していく。ひと言で言うと、筋違いの恨みによる犯行だ」と述べました。
一方の弁護側は、「被告にとって、この事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃だった」と述べました。
そのうえで「責任能力が争点になっているが、責任能力は複雑なもので、今後の証人尋問で出てくる専門家の意見を通して、被告に責任を問えるかを議論すべきだ」と述べました。

【被害者の供述調書】
<社員“このままでは死ぬ”>
検察は、当時、現場にいた社員の調書を読み上げました。
この社員は、京都アニメーションの養成塾の1期生で、アニメーションの基本を学んだあと、入社しました。
事件当時、2階の自分の席にいました。
その時の様子について「らせん階段のほうから、『死ね』と野太い男の声がして『きゃー』という叫び声が聞こえた。『ボッ』という大きな音がしたあとにらせん階段を煙が上がっていくのが見えた。男の声が聞こえてから煙を見るまで、3秒くらいだった」と説明していました。
また、逃げようとしていた時の様子について、「何人ものスタッフが『助けてください』と叫んでいて、ベランダにいたたくさん人が次々に飛び降りた。私もこのままでは死ぬと思い、ベランダに出て、思い切って下に飛び降りた。そのあと、男が警察官から『なんでこんなことをしたんや』と尋ねられていて、男は『小説をとっただろ』と言っていた」と話していました。

<女性スタッフ“煙吸い込み苦しく”>
裁判では、けがをした複数の被害者の供述調書が検察官によって読み上げられました。
このうち女性スタッフの1人は事件の発生直後から避難するまでの行動を詳細に語っていました。
このスタッフは「2階で仕事をしていると、らせん階段の方向から悲鳴が聞こえました。光とともに『ボンッ』という音が聞こえ、らせん階段の下からキノコ雲のような煙が上がっていたので、避難訓練どおりに西側の階段に向かいました」と述べたということです。
さらに「窓がなかなか開かず、煙が迫ってきたのでパニックになった。煙を吸い込んでしまい、化学物質のような臭いがして苦しくて一度しゃがみ込んでしまいました。そのあと窓を拳で3回ほど殴りましたが全く割れず、後ろの男性から『落ち着いて固いもので割ってください』と言われても、パニックで何も思いつきませんでした」と説明していました。
そのうえで「窓枠が熱くなって持つこともできなくなり、煙の苦しさと熱さから逃れようと、少し開いた窓の隙間から必死に外の空気を吸っていました。もう逃げられないと諦めていたところにおそらく熱でガラスが割れ、ベランダに出ることができました」と話したということです。

【消防職員の供述調書“悲惨な現場”】
裁判で検察は、当時、救助に入った消防職員の供述調書を読み上げました。
職員は、「全面に火が広がり多数の人が倒れていて、普通の火事ではないと分かった。火の勢いがおさまると建物の中に入って多数のご遺体を見た。私も消防の仕事を何十年もやっているが、ここまで悲惨な現場は見たことがない」と供述していました。

【検察“責任能力立証する”】
京都地方検察庁の堤康 次席検事は、初公判のあと報道各社の取材に応じ、「きょうの冒頭陳述で述べたとおり、完全責任能力があるということを今後の公判で立証していく」と述べました。
また、証拠調べのなかで犠牲者36人のうち17人が実名、19人が匿名で読み上げられたことについて、遺族の意向を尊重し裁判所に伝えていたことを明らかにしました。
そのうえで、「今後も公判で分からないことがあれば検事から丁寧に説明していく」と述べ、遺族や被害者のサポートに力を入れる考えを示しました。

【傍聴した人は】
裁判を傍聴した23歳の男子大学生は、「昔から京都アニメーションの作品が大好きで、裁判を傍聴しに来ました。検察官が事件で亡くなった方々の名前や死因を一人ひとり読み上げたとき、その長さに被害の大きさを感じ、重い気持ちになりました」と話していました。
また、今後、長期にわたって続く審理については「被告人の生い立ちや事件の背景を丁寧に確認し、裁判員の方には適正な判断をしてほしいです」と話していました。

京都大学の法科大学院に通う25歳の男性は、5日の裁判の傍聴を終えて、「自分の体が焼けているんじゃないかと思うくらい悲惨な供述内容だったので、遺族の方々は無念が尽きないと思います。現場の状況が鮮明に説明されていて、被害の壮絶さを改めて思い知りました」と振り返っていました。
法廷内での被告の印象については「途中、寝ているように見える場面もあって、どれくらい真剣に裁判に向き合っているのか自分にはわかりませんでした。ご遺族の方にとって納得できるような判決が出れば良いなと思います」と話していました。

裁判を傍聴した京都市に住む大学3年生の女性は「どうして犯行に及んだのか、自分の目で確かめたくて傍聴しました。死因が焼死だけでなく窒息死した人もいたことなど、事件の悲惨な状況を知りました。被告には弁護士に言わされた言葉ではなく、自分が思っていることを正直に話してほしい」と話していました。
また、大阪市の大学3年生の男性は「自分が高校生だったころ、大好きだったアニメを作っていた会社が燃えたことがショックで、事件の裁判が開かれたら絶対に傍聴に行こうと思っていました。検察側の証拠で出てきた被害者の証言などを聞いて、改めて痛ましい事件だったのだと思い、胸が痛みました。被告には裁判を通して被害者の家族に謝罪してほしいと思います」と話していました。

【遺族は】
<石田さんの母親は>
事件で亡くなったアニメーターの石田奈央美さん(当時49)の高齢の母親は、5日の初公判について、「やっていることと主張がちぐはぐで、無罪主張は納得ができず腹立たしい」と話しました。
母親は5日は傍聴しませんでしたが、報道で内容を知ったということで、青葉被告が『こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった』などと発言したことについて、「ガソリンをまいて火をつけたらどうなるか、誰でもわかることだと思います。やっていることと主張していることがちぐはぐだと思います」と話しています。
そのうえで、弁護士が被告に責任能力がなかったとして無罪を主張したことについては、「何日も前からガソリンや台車を用意していてあれだけ周到に計画できるのに、善悪の判断がつかないというのは納得がいきません。遺族からしたら腹立たしいことこの上ないです」と話していました。
また、奈央美さんの80代の父親は裁判の傍聴を望んでいましたが、8月5日に亡くなっていて、これについて母親は、「お父さんも空の上から聞いているのではないかと思います。きょうの裁判の内容をどう捉えているかは想像もつきませんが、直接聞くことができず残念でならないと思います」と話していました。
母親は、今後の裁判については、「何の罪も関係もない娘がなぜ殺されなければならなかったのか、どんな心境であのようなことをしたのかすべて話してほしい。娘を殺された身からすれば何を言われたところで憤りが収まることはありませんが、被告がすべきことは正直に説明することだけだと思います」と話していました。

<武本さんの母親は>
事件で亡くなった武本康弘さん(当時47)の母親の千惠子さん(75)は、5日の初公判について、「まだ始まったところなので、特段思うところはないが、これから審理が進むなかで被告の本心が出てきたときに、後悔の思いがあるのかどうかをみていきたいです」と話していました。
また、弁護士が被告に責任能力がなかったとして無罪を主張したことについては、「弁護側としては『心神喪失』を主張するしかないのだと思いますが、あれだけ計画的に実行していて、それはないだろうと思います。遺族が望む判決に影響が出ないでほしいです」と話していました。

<男性アニメーターの父親は>
亡くなった男性アニメーターの高齢の父親は、5日の初公判は傍聴しませんでしたが、報道で裁判の内容を知ったということで、青葉被告が冒頭、『こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった』などと発言したことについて、「一番最初の発言では、謝罪のことばが出てくると思っていた。被告はその気持ちを持っているものの、たまたま言うことができなかったのかどう、どう受け止めてよいのかわからない」と話しました。
そのうえで今後の裁判については、「事件が起きた背景には被告が育った環境や孤独があるのかもしれないが、治療で一命を取りとめた以上、私のような遺族が二度と出ないようにするためにも、事件を起こすに至った過程を素直に話してもらうことが望みです」と話していました。

【精神科医“動機分析が重要”】
精神科医で犯罪精神医学が専門の聖マリアンナ医科大学安藤久美子 准教授は、裁判の大きな争点である責任能力について、「事件の動機が妄想に基づく可能性があるということで、その妄想がより病的なものなのか、実体験によるものなのかの判断が重要になってくるだろう。被告の生い立ちや生活の状況が明らかになる中で、どの時点で妄想的な発言や行動が出てきたのかを丁寧に見て、発言を裏付ける客観的な事実についても確認していく必要がある」と話しています。
裁判の意義については「被害者にとって事件の真相を知ることはつらいことであると同時に気持ちの整理や1つの区切りにもなりうる重要なものだ。裁判を通じて、動機や事実関係が明らかになることは、新たな事件を防ぐ意味でも意義があるのではないか」と話していました。

【元裁判官“本人語る意義”】
大阪高等裁判所の元裁判長で関西大学法科大学院の和田真 教授は、裁判について、「法廷で本人が動機を語ることに大きな意味がある。事件がなぜ起きたのかという真相をはっきりさせることは、事件に至らないための教訓を残していくうえで意義がある」と話しています。
また、争点となっている責任能力の有無については「検察側も被告の妄想は認めているが、遠い要因で直接的なものではなく、みずから計画してやったと主張している。一方、弁護側は、妄想がかなり強く影響したという主張している。そもそも精神疾患があったのか、その症状は今回の犯行にどのように結びついたのかが一番のポイントになる。裁判官や裁判員は、医師の証言などを聞いたうえで難しい判断をすることになる」と指摘しました。

【今後の審理予定】
裁判の中で、裁判長から今後の審理の予定が説明されました。
それによりますと、7日から被告本人への被告人質問が始まります。
また、9月27日から10月上旬にかけては証人尋問が行われ、その後、精神鑑定を行った医師に対する証人尋問も行われます。
11月27日に再び被告人質問を行ったあと、12月上旬にかけて検察官による遺族などの調書の読み上げや意見陳述が行われます。
そして、12月7日に検察の論告と弁護側の弁論が行われて結審し、判決は来年1月25日に言い渡される予定です。