ALS患者嘱託殺人事件 29日に元医師 山本被告の初公判

4年前(2019年)、難病のALSを患う京都市の女性を本人からの依頼で殺害したとして、嘱託殺人などの罪に問われている45歳の元医師の初公判が、29日、京都地方裁判所で開かれます。
事件についての審理は初めてで、裁判で詳しいいきさつがどこまで明らかになるのか注目されます。

元医師の山本直樹被告(45)は4年前、医師の大久保愉一被告(45)とともに全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病のALSを患っていた京都市の林優里さん(当時51)から依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして嘱託殺人などの罪に問われています。
検察は認否を明らかにしていません。
大久保被告の裁判日程がまだ決まらないなか、この事件で初めてとなる山本被告の裁判が29日から始まり、女性がどのようないきさつで主治医ではない2人に依頼をし、また、2人はなぜ依頼を受け、どのように計画を進めたのかなど事件の詳細がどこまで明らかになるのか注目されます。
女性は当時、死期が迫っている状態ではなく、2人の行為は、終末期医療の現場で議論されることもある安楽死とはかけ離れた違法なものとみられていますが、事件をめぐっては、ALS患者の介護だけではなく、精神的なサポートの必要性が大きな課題として浮き彫りになりました。
林さんの82歳の父親は、「被告がどのような人間なのかこの目で確かめたい。医師でありながら生きるよう諭すのではなく、なぜあのようなことをしたのか、法廷で明らかにしてほしい」と話していました。
初公判は29日の午後2時15分から、京都地方裁判所で開かれます。

【ALS患者“とにかく真実を”】
裁判が始まるのを前に、ALSの患者や家族で作る日本ALS協会の会長でいまも当事者として発信を続ける恩田聖敬さんは、NHKの取材に対し、メールなどで次のような思いを寄せています。
事件については、改めて、「当該医師に強い憤りを感じます。医師の役割は単に生死だけではなく、患者の生活に寄り添う側面もあるはずです。患者がどんな環境にあるのか認識、理解したうえで、日常生活の改善に踏み込むべきだったのに、自分の偏った思想を実行したと認識しています」としています。
そのうえで、裁判については、「とにかく真実が明らかになることを望みます。林さんがどのような境遇にあり、医師とどんなやり取りがあったのか、なぜ事件は起きたのか、真実を知ることで同じ当事者として考えることがあると思います」としました。
また、裁判をきっかけに改めて伝えたいこととして、「われわれは、ヘルパーさんをはじめとして多くの支援者の手を借りて生きています。けれどもそれは特別なことではなく、人間は誰でも人の手を借りて生きています。SOSを出せない人が、病気の有無に関わらず、社会に生きづらさを感じています。支援に頼ることは悪いことではないと皆さんが思えば、息苦しさを感じている人も救われる気がします」と、誰もが生きやすい社会に向けた思いをつづっています。

【医師“絶望どう支えるか”】
難病患者の在宅医療やケアに取り組む医師の紅谷浩之さん(47)は、これまで多くのALSの患者をサポートしてきたということで、その深刻な病状については、「患者のなかには、『毎日が絶望の更新だ』と表現した人もいた。できていたことが少しずつ、そして確実にできなくなっていくことに、絶望的な気持ちを持つことは、サポートする立場としても実感してきた。同時に、医師として、治せないことへの無力感も感じてきた」と振り返ります。
亡くなった林優里さんは、SNSやブログに「死なせてほしい」などと繰り返し投稿していました。
紅谷さんも在宅医療を担当するALS患者から同じような思いを訴えられ、『死ぬためのサポートをしてくれないなら、もう帰ってくれ』と自宅から追い返されたことがあるといいます。
それでも次の週には、患者は、『庭の花が咲いてきれいだから先生も見ていってよ』と話し、前向きな表情を見せてくれたということです。
紅谷さんは、「患者の気持ちは、日々、揺れ動いている。『死にたい』ということばは『生きたい』という気持ちと共存している。『死にたい』という言葉を本人の考えだと思い込んで、『そんなことを言わず生きていて』ではなく、『死にたい』に込められた気持ちをひもとけるよう対話を続けるべきだ。絶望がなくなるわけではないが別の選択肢が生まれることもあり、その瞬間に答えが出なくても慌てず伴走していくことが大事だ」と強調します。
そのうえで、林さんがSNSに投稿し、終末期医療の現場で議論されることもある「安楽死」については、「事件と安楽死を結びつけるのは間違っている。安楽死が合法化されている国もあるが、いずれもさまざまな条件がある。本人や家族、支援者が徹底的に議論することが大前提で、『本人が死にたいなら死なせればいい』という国はどこにもない」と、一緒に議論すべきではないと指摘しています。
一方で、結果的に林さんが亡くなったことについては、「いまの医療や福祉の枠組みだけで、難病の患者を絶望から救うことは難しい部分もあることを示しているのかもしれない」としたうえで、裁判については、「病気と向き合い、苦しみながらも頑張っていた林さんの思いや、治せないことは理解しながらも対話を重ねて支援していた人たちの気持ちなどがひもとかれていくことで、新たに見えてくるものがあると思う。治らない病気の患者を自分が、地域が、社会が、それぞれどう支えていくのか、自分もそうした病気になりえるという立場から考えるきっかけにしなければならない」と話しています。

【被害者知る患者は】
裁判が始まるのを前に、同じALS患者として林さんとSNSでメッセージをやり取りしていたという長崎県の平坂貢さんは、NHKの取材に対し、メールで次のような思いを寄せています。
平坂さんは、ALSの症状についてのやり取りをした際、体調を気遣うメッセージをもらったこともあるということで、林さんの人柄について「他人の幸せを願う優しい方でした」と振り返りました。
そして、自身の状況については、「話せないし、タイピングもしんどくなりました。家族が心の支えです」とつづり家族に支えられながら闘病生活を送っているということです。
そのうえで裁判で注目する点として、林さんから被告に現金が振り込まれていたとされることについて、「金目当てで医師らが行動したとは思えない。違法行為を請け負うのは割に合わない。お金以外の動機を追及してほしい」とし、なぜ被告らが依頼を受けたのか知りたいとしています。