姫路城の中堀に架かる橋を支えた「橋台」か 発掘調査で確認

江戸時代から明治にかけて、姫路城の中堀に架かる橋を支えていたとみられる「橋台」(きょうだい)と呼ばれる石組みの構造物が発掘され、姫路市埋蔵文化財センターで調査の成果が紹介されています。

この「橋台」と呼ばれる構造物は、姫路城の南東にあたる姫路市元塩町の道路工事に伴ってことし1月から3月にかけて行われた発掘調査で確認されました。
調査した市埋蔵文化財センターによりますと、東西方向に6.8メートル、南北に5.1メートルの大きさで、カタカナの「コ」の字の形に石が組まれています。
「播磨国総社」という神社の鳥居の前に位置し、姫路城の「中堀」に架かる木造の橋を支えていたとみられます。
深さ10センチほどの「ほぞ穴」が掘られた石もあり、橋の部材がはめ込まれていたとみられています。
この場所に橋があったことは、江戸時代の絵図や明治時代の写真で知られていましたが、中堀は昭和初期にかけて埋められ、その後、橋の構造物が確認されたのは初めてだということです。
姫路市埋蔵文化財センターの河本愛輝 技師は、「古い絵図や写真と見比べることができ、市街地の地下に埋もれた城下町の姿を知る上で貴重な発見だ」と話しています。
「橋台」は保存処理をした上で埋め戻されましたが、発掘調査の成果については、ことし9月1日まで市埋蔵文化財センターで展示されるほか、動画投稿サイト「ユーチューブ」でも映像を見ることができます。