大崎事件 再審認めず 鹿児島地裁

43年前、鹿児島県大崎町で義理の弟を殺害した罪で服役した95歳の女性が、無実を訴えて再審=裁判のやり直しを求めていた「大崎事件」で、鹿児島地方裁判所は再審を認めない決定を出しました。

裁判のやり直しを求めていたのは昭和54年に鹿児島県大崎町で義理の弟(当時42)を殺害した罪に問われ、懲役10年の刑が確定し服役した原口アヤ子さん(95)です。

捜査段階から一貫して無実を訴えていた原口さんは服役後、裁判をやり直すよう申し立て、これまでに3回、地裁や高裁が再審を認める判断を出しましたが、いずれも検察の抗告を受けて高裁や最高裁で取り消されたため、おととし、あらためて再審請求をしていました。

これまでの審理で、弁護団は救急救命医による死因の鑑定などを新たな証拠として提出し、義理の弟が死亡したのは溝に転落して首に深刻なけがをし、適切な救護措置が取られなかったのが原因で、殺人事件ではないと主張していました。

鹿児島地方裁判所の中田幹人裁判長は22日、弁護団の提出した鑑定について、「遺体の一部のみが写った1枚の写真から見て取れる色や状態という限定的な情報から推論を重ねたものだ。被害者の死因や死亡時期について、高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえない」などと指摘しました。

その上で、「被害者は首を絞められ、窒息死したという確定判決の認定に合理的な疑いが生じるとはいえない。他の全ての証拠とあわせて総合的に評価しても、無罪を言い渡すべき明らかな証拠にはあたらない」と結論づけ、再審を認めない決定を出しました。

【裁判所の判断より詳しく】

4回目となる今回の再審請求では、弁護団が「これまでで1番強い証拠だ」とする救急救命医による新たな鑑定を、裁判所がどう判断するかが、大きな争点でした。

この鑑定は、近くの溝に落ちて倒れていた義理の弟は、近所の男性2人によって自宅に連れて帰らされた午後10時半の時点で死亡していた可能性が高い、すなわち、首を絞められて殺害されていないとするものです。

この鑑定について鹿児島地方裁判所は、「遺体を直接検分してはおらず、遺体の一部のみが写った1枚の写真から見て取れる色や状態という限定的な情報から推論を重ねたものだ」としました。

その上で、「被害者の死因や死亡時期について、高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえない」と評価しました。

また、弁護団は、近所の男性2人の「午後10時半の時点で義理の弟は生きていた」とする証言について、2つの科学的な手法で鑑定した結果、虚偽の内容が含まれていると主張していました。

しかし、この点についても裁判所は、「2人の間で、義理の弟の体を支えるなどの必要な手助け以外のやり取りが供述されていないからといって、2人の証言がそれぞれの記憶を適切に反映していないというのは無理があるといわざるを得ない」と評価しました。

前回・3回目の再審請求で最高裁判所から「死亡時期を示したものではない」と指摘されたことを克服できるかが、今回の再審請求の可否を分ける重要なポイントでしたが、そのための2つの新たな鑑定はいずれも認められませんでした。

さらに、えん罪事件をテーマとした映画の監督として知られる周防正行さんの協力のもと、義理の弟が、近所の男性2人によって軽トラックの荷台に乗せられて運ばれた当時の状況の再現映像を新たな証拠として提出されていましたが、裁判所は、「当時の状況を正確に再現したものではない」としました。

これらを踏まえて、裁判所は、「義理の弟が首を絞められ殺害されたという確定判決の認定に合理的な疑いが生じるとはいえない」とした上で、救急救命医の鑑定を含む複数の新たな証拠は、「他の全ての証拠とあわせて総合的に評価しても、無罪を言い渡すべき明らかな証拠にはあたらない」として、再審請求を棄却しました。

【原口さんの訴えと近況は】

原口アヤ子さんは43年前に逮捕されてから一貫して無実を訴えてきました。

1990年に、10年間の刑期を終えて63歳で出所すると、その5年後に1度目の再審請求を申し立てます。

裁判所だけにとどまらず、鹿児島市中心部の天文館などの街頭に出て「わたくしは事件は全然やっていません。間違った罪を受けていますのでこの罪を受けてこのまま死ぬことはどうしても出来ません」などと訴え続けて来ました。

こうした活動は20年近くに及びましたが、5年前からは体調を崩して鹿児島県内の病院に入院し、裁判所を訪れることもできなくなります。

面会している弁護団や支援者によりますと、原口さんは脳梗塞の後遺症で、現在は声を出すことも難しい状態ですが、再審請求について語りかけると起き上がろうとしたり、目を見開いたりして、裁判のやり直しへの強い意志は衰えを見せていないということです。