被爆当時の患者のカルテなど 広島県医師会館で公開へ

8月6日の広島原爆の日に合わせて、被爆当時の患者の状況を記したカルテなどの資料が広島市にある広島県医師会館で公開されることになりました。

77年前の8月6日に原爆が投下された直後から多くの医師や看護師などが自らも被爆しながら治療にあたりました。
広島県医師会は、被爆当時の医療の記録を残そうと、去年から県内の医療機関に呼びかけてカルテなどの資料を集めています。
これまでに11の医療機関などから資料が寄せられ、広島市東区にある広島県医師会館の1階ロビーに展示室が設けられることになりました。

このうち、安佐南区の診療所に保管されていた52人分の死亡診断書の死因の欄には、原爆投下の直後には「戦災死」と記されていますが、「戦災ガス中毒死」、「原子爆弾傷」と表現が変わり、原爆の実態が徐々に明らかになっていった様子がうかがえます。

庄原市の診療所からは明治20年代から昭和26年までのカルテが寄せられ、原爆投下から2日後に下痢の症状を訴えた患者にカンフル剤が投与された記録が残されています。

原爆に関連する資料に詳しい広島大学原爆放射線医科学研究所の、久保田明子助教は、「原爆に関する理解のプロセスや医師の悩みや葛藤を見て取ることができる貴重な資料だ」と指摘しています。
広島県医師会の松村誠会長は、「医師がどのように原爆に向き合ったか、資料を実際に見てほしい」と話しています。

資料の展示は8月4日から広島県医師会館で、平日の午前9時から午後5時まで行われます。