岐阜空襲から79年 平和の鐘鳴らし犠牲者を追悼

太平洋戦争の末期、アメリカ軍の空襲で約900人が犠牲になった「岐阜空襲」から79年になる9日、犠牲になった市民を追悼する式典が岐阜市で行われました。

79年前の9日、岐阜市中心部は、アメリカ軍のB29爆撃機による激しい空襲を受けて、市街地の8割が焼かれ、約900人の市民が犠牲になりました。
9日は犠牲者を追悼する式典が岐阜市役所で行われ、市内の中学生や姉妹都市提携を結んでいるオーストリア・ウィーン市の代表団など約140人が参加しました。
式典では、7歳の時に空襲を体験した高見米子さん(86)が、岐阜市中心部の空が真っ赤になったことや、B29の爆音が今でも耳に残っていることなどを語り、「国と国、人と人の争いは悲劇を生むばかりです。『戦争は絶対にだめだ』と次世代に語り伝えていかないといけない」と話しました。
その後、参加者の代表が平和への願いを込めて市役所に設置されている鐘をつき犠牲者への黙とうをささげました。
続いて、中学生の代表が「平和を願う気持ちを忘れません。戦争や空襲の恐ろしさについて次の世代に伝えようと努力します」などと誓いのことばを述べました。
平和の鐘を鳴らした中学1年の女子生徒は「現実にあったことかと疑いたくなるくらい残酷だと思いました。戦争を経験した人の話を覚えて悲惨さを伝えていきたい」と話していました。