JR磐越西線の一部不通 復旧の見通し立たず通学の足に影響

記録的な大雨の影響で、福島県喜多方市で鉄道橋が崩落しJR磐越西線が一部区間で不通となっているため、沿線の高校生などから不安の声が上がっています。
復旧の見通しはたっておらず、バスによる代行輸送が行われる予定もないことから、影響の長期化は避けられない状況です。

3日から4日にかけての記録的な大雨で、喜多方市内で阿賀川の支流にかかっているJR磐越西線の「濁川橋梁」の一部が崩落したため、磐越西線は、喜多方駅と西会津町の野沢駅の間が不通となっています。

この区間は、夏休み期間中でも部活動などのため通学する高校生が利用していて、生徒や保護者からは不安の声が聞かれました。

このうち、喜多方駅から野沢駅まで乗車して西会津高校に通っている高校3年の男子生徒は「まさか橋が落ちるとは思いませんでした。きょうも部活がありますが、列車が止まっていて学校に通えないので、顧問の先生が喜多方駅まで迎えに来てくれることになりました。受験勉強や部活の大会があるのに電車で通えないのは困ります。大雪の時に臨時バスが出て通ったことがありますが、バスで通えるようになったとしても、時間がかかるので大変です」と話していました。

また、1時間20分車を運転し、喜多方高校に通う高校2年生の娘を送ったあと県境を越えて新潟県阿賀町の会社に出勤した西会津町の53歳の男性は「慣れた道とはいえこれが毎日続くと大変です。夏休みは部活が午前中に終わるので娘には夕方まで学校で待ってもらいます。会津若松市行きのバスはありますが、西会津町の野沢地区と喜多方市の間は列車が唯一の公共交通機関なので、1日も早く代行バスなどの交通手段を考えてほしいです」話していました。

JR東日本によりますと、不通区間の復旧の見通しはたっておらず、今のところバスによる代行輸送を行う予定もないということで、影響の長期化は避けられない状況です。

JR磐越西線が被災し一部区間が不通となっていることについて、喜多方観光物産協会の瓜生昭彦専務理事は「市内の酒蔵を目当てに鉄道で訪れる人が大勢いますし、三ノ倉高原のひまわり畑が見頃になるなどこれから喜多方は観光客でにぎわう時期を迎えるので、隣の新潟県との重要な交通機関が寸断されてしまい、地元経済への大きな影響が懸念されます」と話していました。

記録的な大雨の影響で喜多方市内の川にかかるJR磐越西線の橋が崩落し一部区間が不通となっていることについて、遠藤忠一市長は「予想を上回る雨が降り予想もつかない被害が出てしまった。壊れた橋は福島と越後を結ぶために渋沢栄一がつくってから118年になる橋で、鉄道施設群の一部としての土木遺産となっているので、地元の思い入れは非常に強く残念でならない」と述べました。

さらに「JR磐越西線は、物流、観光、通勤、通学、それに災害時と、さまざまな面でこの地域の暮らしを支えてくれる、なくてはならない存在であり、東日本大震災の時には東北地方で不足していた石油を首都圏から輸送する手段として活躍した」と述べました。

そのうえで「JR東日本仙台支社からは、壊れた橋を調査するとともに代替バス運行を検討していると聞いている。只見線の全線運転再開のめどがたった矢先に、いみじくも磐越西線が被災してしまったが、この路線はこの地域にとって大事な路線なので、会津地方17市町村で連携して復旧にあたっていきたい」と話していました。

JR磐越西線は、郡山駅と新潟市の新津駅を結ぶ175キロ余りの路線です。

明治時代に私鉄の「岩越鉄道」として建設が始まり、国有化後の大正3年に全線開通しました。

地域住民の生活の足としてだけでなく、猪苗代湖や磐梯山などを訪れる観光客の足としても重要な役割を果たしてきました。

また、東日本大震災と原発事故によって太平洋側の輸送網が寸断され物流が滞った際には、不足する石油などの物資を東北地方に運ぶ輸送路として重要な役割を果たしました。

急勾配と急カーブが連続する路線の中で100年余り前の建設当時の姿をとどめている橋梁の数々は、歴史的価値が評価され「磐越西線鉄道施設群」として土木遺産に認定されていて、撮影に訪れる鉄道ファンも多い路線です。