芥川賞に京都府出身の朝比奈秋さんと西宮在住の松永K三蔵さん

第171回芥川賞と直木賞の選考会が17日、東京で開かれ、芥川賞に▽京都府出身の朝比奈秋さんの「サンショウウオの四十九日」と▽兵庫県西宮市在住の松永K三蔵さんの「バリ山行」が選ばれました。
朝比奈さん、松永さんは初めての候補での受賞です。

芥川賞の受賞が決まった朝比奈秋さんは京都府生まれの43歳。(誕生日非公開)
医学部を卒業後消化器内科の医師として働きながら執筆を始め、2021年に「塩の道」で林芙美子文学賞を受賞し、小説家としてデビューしました。
芥川賞は初めての候補での受賞となりました。
受賞作の「サンショウウオの四十九日」は全身が半分ずつ結合して生まれ、外見からは1人に見える「結合双生児」の2人の女性の物語です。
肉体だけではなく脳も共有しているために思考や記憶が混じり合う2人が自我の境目を行き来しながら生と死について巡らせる思いを視点を頻繁に入れ替える手法で描いています。
芥川賞に選ばれた朝比奈秋さんは、記者会見で「大変光栄に思っています。多くの選考委員に読まれて議論の対象になること自体、大変光栄ですし、今後出る選評をよく読んで、自分自身の小説に対する理解を深めていければうれしいです」と今の気持ちを話しました。
今回の作品について、選考委員から文学的な野心に満ちていると評価されたことについては、「野心というほどのものはないがただ一生懸命、どういうことなのかと探求的に書いたのでそれがある一定のレベルに達していると言われたことはうれしい」と話しました。
今回の作品の執筆については「この作品は5、6年前に書き始めて1年か2年で一度、書き上げたが、その時はまだ完成とはいえないと思った。その後、僕自身も人間として経験したり、作家として小説を書いたりしているうちに生きるとは、体とは、精神とは、自我とは、そして意識とは、と多少は理解を進めることができて、ようやくこういう小説が書けるようになった。書き終えられたことにほっとしています」と話しました。
そして今後については、「気がつけば小説を書き始めてこの業界に拾っていただいて、今ではこうした賞を頂き、読者をはじめ多くの関係者に見守ってもらっていると実感している。今後もできる限り書き続けていくので、あたたかく見守っていただければうれしいです」と話していました。

芥川賞の受賞が決まった松永K三蔵さんは、兵庫県西宮市在住の44歳です。
茨城県生まれで幼いころに西宮市に移り住み、中学生のときから小説を書き始めました。
関西学院大学を卒業後、建築関係の会社に勤務するかたわら小説を書き3年前(2021年)「カメオ」で文芸誌の新人賞を受賞し、デビューしました。
芥川賞は初めての候補での受賞となりました。
受賞作の「バリ山行」は、勤め先が経営難に陥り、人員整理への不安を募らせる会社員の男性が主人公です。
ある日、仕事へのこだわりが強すぎてリストラ候補とささやかれる先輩社員について道なき道を突き進む登山に挑みます。
職を失うかも知れない不安を抱えながら、決死の思いで険しい谷を越える体験を通してみずからの生き方を問い直す心の動きが臨場感あふれる描写で書かれています。
芥川賞に選ばれた松永K三蔵さんは記者会見で、受賞したことについて「大変光栄で、ただ感謝感謝の気持ちでいっぱいです。登山の小説で純文学になじみのない方でも読みやすいかなと思います」と述べました。
受賞に対する家族の反応については「父に電話したんですが出ず、メールしても返ってこずでした。そのあとしばらくしてからメールが返ってきました」と語り、会場の笑いを誘いました。
受賞作について、「社会や世界のままならなさの中で、いかに生きていくか、個人の挑戦のようなもの、葛藤を書きたかった」と語り、題材とした登山について「山を歩く時間は私にとって一番リラックスできる時間で一人で犬の散歩をしながら小説の構想を練ったり私生活の色々なことを考えたり自分の中で整理できる時間です」とその魅力を語りました。
松永さんは、17日の会見に「オモロイ純文運動」と書かれたTシャツを着て臨み、自身が純文学を広める運動をしていることに触れ、「非常に大きな賞をいただいて、今後は書く幅を広げて人間、世界への問いを深め、おもしろい純文学を書いていきたいので本を手に取ってほしい」と抱負を語りました。

【選考委員の川上未映子さん“W受賞ふさわしい”】
芥川賞の選考委員の川上未映子さんは▼朝比奈秋さんと▼松永K三蔵さんの作品を選んだ理由について説明しました。
川上さんは、まず今回の候補作について「まったく手法もスタイルも違う5作品で、今回は1回目の投票から朝比奈さんの作品と、松永さんの作品が票を集めた。最終的には2作とも受賞がふさわしいだろうということになった」と説明しました。
そして、朝比奈秋さんの「サンショウウオの四十九日」は、「結合双生児」をテーマにしたことについて「小説にしかできない難しい設定を準備した作品で、文学的な野心が評価された。すごく極端な人間の条件が前提になっているにもかかわらず、ちょっと明るさを持って描くことに成功していた。これはこの小説の達成ではないかというポジティブな意見があった」などと評価しました。
また、登山をテーマした松永K三蔵さんの「バリ山行」は、「登場人物の造形や登山の描写に説得力があって特に自然の描写は見事に描かれていた。小説はいくらでも奇をてらって書けるものだが地に足つけて書いていることが高く評価された」などと評価しました。

【芥川賞 松永さんの大学時代の恩師は】
松永K三蔵さんの芥川賞の受賞が決まったことを受けて、母校の関西学院大学の関係者からも喜びの声が聞かれました。
松永さんが文学部に在学中、指導教員だった細川正義 名誉教授(76)は「彼が選ばれると願いながら発表を待っていたので受賞したと聞いて、こんなにうれしいことはありません」と喜びを語りました。
学生時代の松永さんの人柄については「彼はとても読書家で、文学作品の読み込みが深く理解力の高い学生だった。寡黙で冷静、そして誠実で、こうした人柄が『バリ山行』の主人公像に反映されているのではないかと思います」と話していました。
その上で、「以前、松永さんと話したときに、『苦難、不条理、救いというテーマで小説を書きたい』と話していました。今回、受賞した作品はまさに現代に必要な作品だと思います。今後も、読者の生きる指針になるような作品を書き続けて存在感のある作家になってほしいです」と話していました。