和歌山 串本町でロケット打ち上げへ 成功すれば民間単独で初

和歌山県串本町にあるロケットの発射場から東京のベンチャー企業が開発した小型ロケットの初号機が9日打ち上げられます。
搭載された人工衛星の軌道への投入が成功すれば、民間企業単独の打ち上げとしては国内で初めてで、これまで国主導で進められてきた日本の宇宙開発の国際競争力を高められるか注目されます。

打ち上げられるのは、大手の精密機器メーカーや建設会社などが出資する東京のベンチャー企業「スペースワン」が開発した固体燃料式の小型ロケット「カイロス」の初号機です。
9日午前11時すぎにこの企業が和歌山県串本町に整備したロケット発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げられる計画です。
全長およそ18メートルの機体には政府の小型の人工衛星が搭載されていて、計画では段階的に機体を切り離し、およそ50分後に高度500キロで地球を回る軌道に衛星を投入するとしています。
今回、衛星の軌道への投入が成功すれば民間企業単独の打ち上げとしては国内で初めてとなります。
小型衛星は国内外で打ち上げの需要が高まっていて、この企業は低いコストで衛星を宇宙に届ける「宇宙宅配便」を目指し、2030年代には年間30回ロケットを打ち上げる計画だとしています。
これまで国主導で進められてきた日本の宇宙開発が今後、民間の力も活用して国際競争力を高められるか今回の打ち上げが注目されます。

【ロケットの見学場準備進む】
9日、小型ロケットの初号機が打ち上げられる和歌山県串本町で、見学会場の準備が行われました。
東京のベンチャー企業「スペースワン」が開発した小型ロケットの打ち上げが9日、行われるのを前に、発射場のある串本町では、多くの人に見てもらおうと見学会場を設置します。
見学会場となる田原海水浴場では準備が行われ、当日、販売されるロケットにちなんだ雑貨や飲み物などが運び込まれていました。
また、打ち上げの様子をライブ映像で見ることができる大型モニターも準備されていました。
打ち上げはこれまで4回にわたって延期されましたが、地元の観光業者は今回の打ち上げが成功し、ロケットの打ち上げ事業が軌道に乗れば新たな観光客の誘致につながると期待しています。
串本町の観光協会の宇井晋介 事務局長は、「実際の打ち上げまで時間がかかっていて、地元でも心配の声があったので今回の打ち上げでひと安心しています。串本町は自然を生かした観光が中心でしたが、ロケットは全く新しいコンテンツで期待しています。あすのイベントにも多くの人が訪れるので、串本の良さもあわせてPRしていきたい」と話していました。

【延期乗り越え打ち上げへ】
紀伊半島の先端にある本州最南端のまち、串本町は、景勝地「橋杭岩」など、豊かな自然に囲まれ、年間200万人ほどの観光客が訪れる観光地です。
人口の減少や高齢化でまちの活気が失われる中、観光産業の活性化とともに新たな産業をいかに創出していくかが課題となってきました。
ロケット発射場の誘致は、その課題の克服策として6年前の2018年から県とともに進められ、5年前、▽ロケットを飛ばす南の方角に陸地がなく、▽本州の工場から陸続きで部品や資材を運べる立地の良さが評価され、串本町の荒船海岸周辺での発射場の建設が決まりました。
そして、2021年の12月、「スペースポート紀伊」という専用の発射場が完成しました。
海から500メートルほど離れた、山に囲まれた敷地には、▼ロケットの整備を行う「組立棟」や▼発射する「射座」、▼射座にロケットを運ぶ「移動式組立足場」などが設けられました。
その後、固体燃料ロケット「カイロス」の開発が本格化しますが、打ち上げまでの道のりは順調ではありませんでした。
新型コロナウイルスの感染拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻で物流が混乱したほか半導体不足も起き、ロケットの部品調達にも遅れが生じたのです。
当初、初号機の打ち上げはおととし(2022年)3月を予定していましたが、その後、あわせて4回延期となり、地元では打ち上げの実施を心配したり慎重な準備を求めたりする声があがりました。
企業が4回目の延期を発表した去年8月、発射場がある和歌山県串本町の田嶋勝正町長は「これから日本のロケット産業を担うものになると思うので、必ず成功してもらわなければならない。現在、もう一度実験や検証をしている段階だと聞いているが、期待している」と話していました。
その後、部品調達のめどがたち、ロケットの組み立てが進むなどして、企業側はことし1月に開かれた県や地元の自治体などでつくる協議会の会合で、打ち上げを3月9日に行うと発表しました。

【「カイロス」と搭載する衛星】
東京のベンチャー企業「スペースワン」が開発した「カイロス」は、全長およそ18メートル、重さおよそ23トンの固体燃料式の小型ロケットです。
同じ固体燃料式の次期主力ロケット「イプシロンS」よりひとまわり小さく、運べる荷物の重さも4分の1程度ですが、その分コストを下げられるうえ、短期間で打ち上げることができるとしています。
燃焼を終えると順次切り離す4段式の機体には、これまで日本で運用されてきた固体燃料ロケットの技術が使われています。
具体的には、▼1段目から3段目には燃焼ガスが吹き出る方向を変えることでロケットの向きや姿勢を制御する装置を備えているほか、▼人工衛星を切り離す最後の4段目には、目標とする軌道との誤差を修正するための小型の液体燃料エンジンも搭載されています。
打ち上げ時の作業の多くは自動化されていて、管制室で対応にあたるのは十数人で済むほか、飛行中に不具合が起きた場合も地上から操作するのではなく、自動で機体を破壊し飛行を中断する機能を備えています。
「カイロス」の飛行手順は、▼1段目を1分30秒ほど燃焼させたあと、▼打ち上げからおよそ2分10秒後に1段目と2段目を切り離し、▼その後、「フェアリング」と呼ばれる人工衛星を覆うカバーを切り離します。
▼2段目の燃焼が終わったあと、打ち上げからおよそ4分40秒後には2段目と3段目を切り離し、▼さらに打ち上げからおよそ8分後に3段目も切り離します。
その後、▼最後の4段目にある小型の液体燃料エンジンを燃焼させて目標とする軌道との誤差を修正したあと、▼打ち上げからおよそ51分40秒後に高度およそ500キロで人工衛星を投入します。

投入されるのは「短期打上型小型衛星」と呼ばれる、内閣衛星情報センターの重さ100キロほどの小型衛星です。
北朝鮮のミサイル発射施設の動向や災害時の被害の把握などを行う日本の情報収集衛星に不具合が起きたとき、代わりの衛星として役割を果たせるか確認する目的です。
日本政府はこの衛星が軌道に投入されたあと実際に地上を撮影し、解像度などを確認する予定です。
内閣衛星情報センターによりますと、▼衛星の開発費はおよそ11億円で、▼打ち上げ費用としておよそ10億円を企業に支払う予定だということです。

【宇宙産業の競争力向上へ】
現在、国内で人工衛星を打ち上げることができるのは国の主力ロケットの発射場である鹿児島県の「種子島宇宙センター」と、「内之浦宇宙空間観測所」の2か所だけです。
目標としている年間の打ち上げの回数はそれぞれ種子島で6回、内之浦で2回と限られているうえ、「H3」や「イプシロン」などの国の主力ロケットは失敗すると原因究明や対策に時間がかかるため、科学探査などが年単位で遅れる事態も起きています。
和歌山県串本町の「スペースポート紀伊」では、2030年代に年間30回の打ち上げを目指すとしていて、今回の打ち上げが成功すれば国の主力ロケットを補完する形で日本の宇宙開発がより安定して進められるようになると期待されています。
宇宙政策に詳しい笹川平和財団の角南篤 理事長は「場所や天候の条件、それに搭載できる衛星の種類などが違う発射場が増えれば打ち上げの回数を確保でき、日本の宇宙産業の競争力を高めることにつながる。地域の発展という意味でも、成功すれば優秀な人材や物流の拠点が和歌山に集まり、宇宙産業の集積につながっていく可能性がある」と指摘していました。

【目指すのは「宇宙宅配便」】
「スペースワン」は、世界的に市場の拡大が見込まれている小型衛星の打ち上げビジネスへの参入を目指し、6年前(2018年)の7月に設立された東京のベンチャー企業です。
この企業には大手精密機器メーカーの「キヤノン電子」や、大手建設会社の清水建設など4社が出資し、国の固体燃料ロケットの開発の実績がある「IHIエアロスペース」のエンジニアの協力も得て、設立から6年で初の打ち上げにこぎ着けました。
目指すのは、ロケットで顧客の荷物を宇宙に運ぶ「宇宙宅配便」というサービスです。
鍵となるのが、▼この企業が和歌山県串本町に整備したロケット発射場、「スペースポート紀伊」と、▼独自に開発した小型の固定燃料ロケット「カイロス」です。
専用の発射場を持つことで、依頼を受けてから打ち上げを行うまでの準備に柔軟に対応できることや、液体燃料のロケットに比べて短い準備期間で打ち上げられる固体燃料ロケットの特徴を生かして、低いコストで宇宙へ運ぶ「宅配便」のような輸送サービスを提供するとしています。
こうした企業戦略の背景には、商業衛星の打ち上げの需要が世界的に高まっていることがあります。
通信分野を中心に小型衛星などの人工衛星を1度に複数打ち上げて一体的に運用する「コンステレーション」と呼ばれるシステムに注目が集まっていて、次々に小型の衛星が打ち上げられています。
中でも、アメリカの宇宙企業「スペースX」は、衛星通信サービスのための衛星をおととし(2022年)1年間に1632個打ち上げました。
これはおととし打ち上げられたすべての人工衛星のおよそ7割にあたります。
こうした小型衛星の打ち上げ需要の高まりを受け、アメリカや日本、中国、それに、ヨーロッパの国々では複数の民間企業が小型ロケットの開発を競い合っています。
「スペースワン」には今回の打ち上げを含めて3号機までの打ち上げの依頼がすでに入っているということで、今後、実績を重ねて国内外で新たな需要の開拓を進めることができるか注目されています。

【盛山文科相 “大変期待”】
盛山文部科学大臣は閣議のあとの記者会見で「今回の打ち上げに成功すれば、民間企業主導で開発したロケットによる人工衛星の軌道投入事例として日本で初めてとなるので、大変期待している。また、宇宙政策上の重要な一歩にもなり得る。今後の日本のスペースビジネスの飛躍に向け打ち上げの成功を心から願っている」と述べました。