医師過労死で遺族が神戸の病院運営法人と院長に賠償求め提訴

おととし(令和4年)、神戸市の病院に勤務していた当時26歳の医師が自殺したのは長時間労働の改善を怠ったことなどが原因だったとして遺族が病院の運営法人と院長に対してあわせて2億3000万円余りの賠償を求める訴えを大阪地方裁判所に起こしました。

訴えを起こしたのは、神戸市東灘区の甲南医療センターの医師で、おととし5月に亡くなった高島晨伍さん(当時26歳)の両親です。
訴えによりますと、高島さんはおととし4月から消化器内科でより専門的な技術などを学ぶ「専攻医」として診療にあたっていましたが、うつ病を発症し、翌月、亡くなりました。
死亡する日までの1か月間の時間外労働は少なくとも236時間にのぼり、100日連続して働いていたほか上司の指導を受けながら学会の発表準備も行っていたなど極度の長時間労働と精神的な負担があったとしています。
このため遺族は、心身の健康を損ねるおそれのある過重な働き方を知りながら、院長などが業務を軽減するなどの対応を怠ったなどと主張し、▽病院を運営する法人「甲南会」と、▽法人の理事長で甲南医療センターの具英成院長に賠償を求める訴えを2日、大阪地方裁判所に起こしました。
訴えでは、高島さんが将来働いて得られるはずだった収入にあたる「逸失利益」や慰謝料などあわせて2億3400万円余りを支払うよう求めています。
高島さんが亡くなったことをめぐっては、労働基準監督署が長時間労働が原因として労災と認定し、違法な時間外労働があったとして法人や院長などを労働基準法違反の疑いで書類送検しています。

【母親“家族として許せず”】
提訴のあと、高島さんの母親の淳子さんが会見を開き、「晴れて医師になり、職責にまい進していた晨伍がこんなに若くして過労死の被害者になるとは思いもよりませんでした。私たちは晨伍の死の原因を知りたいと言っていましたが、病院はどのように考えているのかわかりません。晨伍の死がなかったようにされるのは、家族として許すことはできません」と時折、涙を流しながら話していました。
そして、「『優しい優しい医者になりたい』と話したときのてれた笑顔が忘れられません。もう患者を救うことはできませんが、裁判を通して過労死が二度と起きないようにすることで、多くの後輩医師の命を救う『優しい医者』になれると思っています」と話しました。
また、高島さんの兄は「院長から晨伍の死をどう思うのか聞かせてほしいと思っていましたが、1年以上たってもそれがなされないことから訴えを起こすことになりました。医者自身が労働環境に関心を高めないと過労死の問題は解決されません。今後、ほかの医師や病院の管理者の意識が変わり、多くの医師の命が救われる未来があると信じています」と話していました。

【病院“提訴重く受け止め”】
甲南医療センターの具院長は、去年8月に開いた会見で、「医師の働き方には自由度の高い部分があり、個々の医師でないと正確な労働時間を把握するのは難しい。過重な労働をさせていた認識はない」と話していました。
提訴のあと、NHKの取材に対して病院は、「現在も主張は変わっていない」としています。
そのうえで、「提訴されたことは重く受け止めております。真実に基づき、裁判所に適切に判断いただくべく、誠実に対応していきます」としています。

【“優しい医者”目指した】
高島晨伍さんは、「優しい優しい医者になりたい」という目標を持って、日々、医師の業務や研修に励んでいました。
おととし4月から消化器内科の「専攻医」として本格的な研修に取り組むことになっていましたが、その2か月前から「専攻医」としての業務が割り当てられ、時間外労働が増え始めました。
このころから高島さんが母親の淳子さんに送ったメールに長時間労働に疲れる様子が見え始め、「帰られへん」とか、「わしの方が救急車呼びたい」といったことばもありました。
淳子さんによりますと、ファンだった阪神タイガースの試合をテレビで見て応援することや好きなバラエティー番組を楽しむ余裕がなくなっていったということです。
大型連休のあとの5月14日には「もう全部おわりにしたい」などと書いたメールを淳子さんに送っていました。
そして、3日後の17日、自宅で亡くなりました。
部屋に残されていた両親に宛てた書き置きには「知らぬ間に一段ずつ階段を昇っていたみたいです。おかあさんおとうさんの事を考えてこうならないようにしていたけれど限界です」などと書かれていました。
淳子さんは「晨伍が助けを求めていたのに何もしてあげることができなかった。若い医師が使い潰されてしまうのは、晨伍を最後に断ち切ってほしい」と話しています。
淳子さんたち遺族は、高島さんのように長時間労働に追い込まれて命を落とすことが再び起きないように医師の働き方を見直すよう国に訴えています。
さらに、過労死したほかの医師の遺族と家族会をつくり、国や医療機関などに対して働き方の改善を求める活動を始めています。

【不安や悩み抱える人の相談窓口】
不安や悩みを抱える人の相談窓口は、厚生労働省のホームページなどで紹介しています。
インターネットで「まもろうよこころ」で検索することもできます。
電話での主な相談窓口は▼「よりそいホットライン」が0120−279−338、▼「こころの健康相談統一ダイヤル」が0570−064−556となっています。