神戸「慰霊と復興のモニュメント」に新たに12人の名前

阪神・淡路大震災から来月で29年となるのを前に、震災の犠牲者などの名前が記されている神戸市のモニュメントに、新たに12人の名前が刻まれました。

神戸市中央区の公園「東遊園地」にある「慰霊と復興のモニュメント」には、阪神・淡路大震災の犠牲者やその後亡くなった被災者、それに復興に携わった人たちの名前が刻まれています。
来月17日で震災から29年となるのを前に、遺族などからの要望を受けて新たに12人の名前が加えられることになり、17日、式典が行われました。
出席した遺族や関係者は、亡くなったひとりひとりの名前が記された銘板をモニュメントの壁に貼り付けた後、花を手向けて黙とうをささげていました。
義理の両親の佐々木一孝さんと明子さんを震災で亡くした兵庫県西宮市の佐々木美和子さん(65)は、「2人の名前を刻むことは亡くなった夫の願いだったので、無事にかなえることができてほっとしています」と話していました。
また、震災の6年後に父親の野村清さんを亡くした兵庫県加古川市の野村三樹さん(69)は、「当時を知らない人が増えた今、こういった場所は大切だと思います」と話していました。
モニュメントを管理するNPOによりますと、刻まれた名前はこれで5047人になったということです。

【遺族の思いは】
今回、モニュメントに新たに名前が刻まれた佐々木一孝さん(当時70)と妻の明子さん(当時65)の遺族が、NHKの取材に応じました。

佐々木さん夫妻は震災が起きた当日、西宮市の自宅が倒壊し、1階の仏間で亡くなっているのが見つかりました。
義理の娘の美和子さん(65)によりますと、佐々木さん夫妻の近くには20代の若さで亡くなった次男の位はいがあったことから、位はいを持って避難しようとした際に倒壊に巻き込まれたとみられるということです。
美和子さんは佐々木さん夫妻との思い出について、「私は震災の前の年に家族を相次いで亡くして実家に誰もいなくなり、先が見えなくなっていましたが、義理の両親である2人が『家族として力を合わせて一緒にやっていこう』と支えてくれました。亡くなったことを知った時はあまりにショックでした」と振り返りました。
震災の3年後、美和子さんは佐々木さん夫妻の長男で、夫の嗣郎さんとともに自宅を再建しました。
倒壊した家にあった仏壇は震災であちこちに傷がつきましたが、大切に手入れしながら亡くなった家族を悼んできたということです。
美和子さんは、おととし、嗣郎さんを病気で亡くしましたが、かつて嗣郎さんからモニュメントに両親の名前を刻みたいという希望を伝えられていたということです。
美和子さんは、佐々木さん夫妻の名前が刻まれることについて「モニュメントは震災の追悼行事が行われている場所にあるため、夫は誰かが両親のことを思い出したり祈ったりしてくれると考えて私に託したのだと思います。夫の希望をかなえることができてほっとしています」と話していました。