泉北ニュータウン“新たな交通手段”オンデマンドバス実証実験

大阪の堺市と和泉市の一部にまたがる「泉北ニュータウン」でAI=人工知能を活用したオンデマンドバスの実証実験が行われています。
関西地方でも路線バスの削減が相次ぐ中、新たな地域の交通手段として実用化につなげられるか注目されています。

この実証実験は、堺市と南海電鉄、ケーブルテレビ会社のJCOMが共同で先月(10月)から行っています。
オンデマンドバスは、路線バスのように時刻表や路線図はなく、利用者は電話やスマートフォンのアプリを使って、利用日時のほか50か所の停留所の中から、乗り降りの場所を予約します。
実験には8人乗りの車2台が使われ、AIが予約状況などを踏まえて、運行ルートを決めているのが特徴です。
運賃は一律、1回300円で、この日も地域のお年寄りが利用していました。
70代の乗客の女性は、「行きは身軽なので路線バスを利用しましたが、帰りは荷物が多いので自宅近くまで行ってくれるオンデマンドバスを利用しました。ぜひ継続してほしい」と話していました。
「泉北ニュータウン」はことし9月末の時点で、堺市側の人口がおよそ11万3000人とピーク時から5万人余り減り、高齢化も急速に進みました。
堺市などによりますと、今回の実証実験は、不便だったニュータウン内の東西の移動をしやすくするとともに、地域を離れる人を減らし、新たな転入者を呼び込むこともねらいだということです。
公共交通に詳しい名古屋大学大学院の加藤博和 教授は「1つの企業に負担が偏っていると、その企業が抜けたら終わりというのはよく見られる。自治体、地元企業、乗客、それぞれがお金を出し合い、持続可能な体制をつくることが重要だ」と指摘しています。
実証実験は来年(2024年)1月末まで行われ、その後、本格的に導入するか判断されることになっています。

【泉北ニュータウンとは】
堺市と和泉市の一部にまたがる「泉北ニュータウン」は、大阪府が高度経済成長期に丘陵地を切り開いて整備した大規模なニュータウンです。
1967年、昭和42年に「まちびらき」が行われ、大阪市中心部まで電車で20分余りというアクセスの良さと自然の豊かさなどを売りに発展してきました。
堺市側のニュータウンの人口は、ピーク時の1992年にはおよそ16万4600人でしたが、移り住んだ人の子どもにあたる世代の転出などによって、ことし9月末の時点ではおよそ11万3000人に減少しました。
65歳以上の高齢化率は37%と、堺市全体よりも9ポイント高くなっています。
公共施設や公営住宅の老朽化も顕著で、堺市はおととし(2021年)、ニュータウンを持続可能なまちに再生させるための指針を策定しました。
今回のオンデマンドバスの実証実験もその一環として行われています。

【競合避け需要掘り起こせ】
特定の路線や時刻表がないオンデマンドバスの実証実験は、路線バスが廃止されたり、便数が特に少なかったりするエリアで行われるのが一般的ですが、今回は少し事情が異なります。
泉北ニュータウン内には、▼南海電鉄の子会社が複数のバス路線を運行しているほか、▼泉北高速鉄道の3つの駅にはタクシーも止まっています。
ただ、ニュータウン内では、▼南北の移動は駅を起点としたバス路線などがあるため比較的容易なものの、▼駅から離れた場所では、東西の移動が不便という課題がありました。
こうした条件などを踏まえて、2回目となる今回の実証実験は、停留所の設置場所や運行エリアが決められました。
まず、運行エリアはことし1月から3月にかけて実施した1回目の2倍以上に広げたものの、▼長距離のタクシー利用客を奪わないようニュータウン内にとどめ、▼路線バスの収益にも影響が出ないように設定しました。
また、商業施設の近くに停留所を増やしてほしいという要望が多かったことから、今回は前回より20か所ほど多い50か所に増やし、ドラッグストアやホームセンター、温浴施設の近くにも設けました。
泉北ニュータウンの泉ケ丘駅近くには、再来年(2025年)、近畿大学が医学部と大学病院を移転させることになっています。
今回の実証実験では、既存の公共交通機関と共存を図りながら、本格的な導入につなげられるよう新たな需要を掘り起こせるかも問われています。

【どうこえる?採算の壁】
オンデマンドバスの本格的な導入に向けた最大の壁は、「採算がとれるか」です。
今回の実証実験の総事業費は2300万円で、このうちの6割近くは、▼大阪府の補助金と▼堺市の負担金でまかなわれています。
一方、残りはバスの運行会社の持ち出しとなっています。
行政からの支援を受けなくても1人300円の運賃収入だけで黒字化するには、現在、実証実験で行っている2台のバスを運行する体制の場合、1日あたり、いまの8倍にあたる200人の利用が必要だということです。
堺市や南海電鉄などは、利用者を増やすため、各地で住民説明会を開くとともに、オンデマンドバスを利用して訪れた場合には割引などの特典が受けられる店や施設を増やそうとしています。
また、今後は、利用者が伸びなくても運行できる体制を整えようと、停留所に名称をつける「ネーミングライツ」の権利を販売するなどして、運営資金を増やせないかも検討することにしています。

【実証実験 3者の思惑】
今回の実証実験は、▼行政(堺市)▼鉄道(南海電鉄)▼ケーブルテレビ会社(JCOM)の3者がタッグを組んで実施しています。
堺市にとって市全体の人口の1割余りを占めるニュータウンの活性化は喫緊の課題です。
高齢者をはじめ、あらゆる世代が利用できる新たな交通手段を導入することで、地域を離れる人を減らすとともに、新たな転入者を呼び込みたいというねらいもあります。
また、南海電鉄は、泉北ニュータウンで子会社が路線バスを運行しているほか、2014年には泉北ニュータウン内を走る泉北高速鉄道の運営会社を子会社化しているため、地域の活性化は会社の業績に直結します。
ケーブルテレビ会社のJCOMにとっても、地域の活性化は、契約者数を維持するために必要です。
この会社は、3年前(2020年)から、社員専用のオンデマンドバスを試験的に運用し、この間、蓄積した道路や信号のパターンなどのデータは、今回の実証実験で、AIが最適なバスの運行ルートを導き出すのに使われています。

【専門家“皆で支える形を”】
オンデマンドバスについて、公共交通に詳しい名古屋大学大学院の加藤博和 教授は「理想的な交通機関ではあるものの、利用者が少なければ採算がとれず、採算がとれるほど利用者が多くなれば今度は、AIによる効率的な運行ができなくなってしまったり運転手に大きな負担がかかったりと非常に運用が難しい」と指摘しています。
そのうえで「運賃だけで黒字化を目指すのではなく、自治体、地元企業、店舗、地元住民などそれぞれがコストを負担をすることで公共交通を持続可能なものとし、その結果、地域全体が黒字化されていると捉えるべきだ」と述べています。