京アニ放火殺人事件 被告が起訴内容認める 弁護士は無罪主張

「京都アニメーション」のスタジオが放火され、社員36人が死亡した事件で、殺人や放火などの罪に問われている青葉真司被告(45)は、起訴された内容について「間違いありません。こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった」と述べて認めました。
一方、被告の弁護士は、責任能力はなかったとして、無罪を主張しました。

4年前の2019年7月、京都市伏見区の「京都アニメーション」の第1スタジオが放火され、社員36人が死亡、32人が重軽傷を負った事件では、無職の青葉真司被告(45)が、ガソリンをまいて火をつけたとして殺人や放火などの罪に問われています。
5日から京都地方裁判所で裁判員裁判の審理が始まり、重いやけどから回復し車いすに乗って法廷に入った青葉被告は、起訴された内容について「間違いありません。当時はこうするしかないと思っていた。こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった」と述べて認めました。
被告の弁護士は、「被告は精神障害により、よいことと悪いことを区別して犯行をとどまる責任能力がなかった」などとして、無罪を主張しました。
一方、検察は冒頭陳述で被告には完全責任能力があったとしたうえで、「被告は、京アニのアニメに感銘を受けて小説家を志し、みずからの小説を京アニに応募したが落選し、アイデアを盗まれたという妄想を募らせていった。事件の1か月前に、投げやり感や怒りを強め、埼玉県の大宮駅前に行き、無差別殺人を起こそうとしたが断念した。その後、人生がうまくいかないのは京アニのせいだと考えて筋違いの恨みによる復しゅうを決意した」と主張しました。
続いて、弁護側は冒頭陳述で、「被告にとって、この事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃だった」と述べました。
このあと行われた証拠調べでは、検察が、犠牲者36人の名前や当時の年齢、それに死因などを読み上げ、このうち19人については名前は読み上げず、被害者の一覧表の番号で呼ぶことで匿名で審理されました。
殺人事件としては、記録が残る平成以降、最も多くの犠牲者を出したこの事件の裁判は、被告の責任能力の有無や程度が主な争点となり、今後、被告の精神鑑定を行った医師の証人尋問が行われるほか、被告本人が事件の背景や動機などについて何を語るのかが注目されます。

【初公判前 傍聴券求める人は】
今回の裁判を傍聴しようと、京都地方裁判所の近くの京都御苑富小路広場には、5日朝早くから多くの人が傍聴券を求めて列を作りました。
大阪・堺市から来た20代の男子大学生は「アニメファンとして『来なきゃいけない』という使命感で来ました。罪を認識しているのであれば、被告の口から謝罪してほしい」と話していました。
また、京都市の60代の男性は「とても大きな事件で注目していたので、来ようと思っていました。この4年間、被告が何を考えて生きてきたのか、今になって事件をどう考えるのか聞きたいです」と話していました。
京都府福知山市の20代のアルバイトの男性は「10年前、高校1年生で勉強についていけず、家に引きこもっていましたが、京都アニメーションさんの作品を見たときにすごく感動して、引きこもりから脱した経験がある。被告は医療従事者の方たちに命を助けられて、もう自分だけの命ではないと思うので、自分の思ったことを、自分の言葉で発してほしい」と話していました。
【傍聴倍率は14倍余】
初公判は、多くの傍聴希望者が予想されたことから、京都地方裁判所は近くの京都御苑富小路広場で傍聴整理券を配る対応を取りました。
裁判所によりますと、用意された傍聴席35席に対して、希望者は500人に上り、倍率は14倍余りとなりました。

【被告乗せた車か地裁入る】
青葉被告を乗せたとみられる車は、5日午前8時すぎに勾留されている大阪拘置所を出て、午前10時ごろ、京都地方裁判所に入りました。
【起訴内容の詳細は】
青葉真司被告(45)は、京都市伏見区にある「京都アニメーション」の第1スタジオに放火して多数の従業員を殺害しようと計画し、4年前の2019年7月18日、午前10時半ごろ、正面出入り口から侵入したうえ、1階のフロアでバケツに入れたガソリンをまいてライターで火をつけ、社員70人がいるスタジオを全焼させるとともに36人を死亡させ、32人に重軽傷を負わせたとして建造物侵入と放火、殺人、それに殺人未遂の罪に問われています。
また、スタジオ前の路上で包丁6本を所持していたとして銃刀法違反の罪にも問われています。
【入廷被告の様子】
車いすに乗って法廷に入った青葉被告は、上下、青色のジャージを着て、マスクを着用していました。
髪型は丸刈りに近い短髪で、視線はまっすぐ前を向いていました。
【人定質問】
裁判の「冒頭手続」で、青葉被告は、係官に車いすを押されながら証言台の前に進むと、裁判長に向かって軽く一礼しました。
そして、裁判長から名前を尋ねられると、「青葉真司です」と答えました。
このあと生年月日や住所、職業などを確認され、被告は「はい」などと小声で答えていました。
【検察冒頭陳述の詳細】
検察は、冒頭陳述でこの裁判の主な争点は責任能力だとしたうえで、「被告には完全責任能力があった。被告は、京都アニメーション側に小説のアイデアを盗まれたと一方的に思い込んだ。筋違いの恨みによる復しゅうだ」と述べました。
そのうえで、事件までの経緯や京都アニメーションとの関わりについて説明しました。
犯行に至ったいきさつについて、「被告は、京アニが制作したアニメに感銘を受けたことをきっかけに小説家を志し、京アニへの憧れを強めた。しかし、執筆しても満足できず人生を悲観して怒りを強めていった。その後、みずからの小説を京アニに応募したが落選し、京アニにアイデアを盗まれたという妄想を募らせていった。事件の1か月前、何も思いどおりにならないことに投げやり感や怒りを強めた被告は、大宮駅前に行き、無差別殺人を起こそうとしたが断念した」と説明しました。
そして、事件の3日前、「人生がうまくいかないのは京アニのせいだと考えて筋違いの恨みによる復しゅうを決意し、京都に向かった。スタジオなどを下見したうえでホームセンターで犯行に使う道具を購入した。犯行当日、ガソリンを購入した被告は計画どおり実行するか、引き返すかを考えためらった。引き返すという選択肢もあったのに実行した」と述べました。
【検察冒頭陳述 被告は】
検察の冒頭陳述の間、青葉被告は車いすに深く腰かけ、鋭い目つきでじっと検察官の方を見ていました。
事件の犠牲者の人数やけが人の数が読み上げられた際には、被告が少しうなずくような様子も見られました。

【弁護側冒頭陳述の詳細】
弁護側は冒頭陳述で被告には責任能力がなかったとしたうえで、事件のいきさつについて説明しました。
この中で弁護側は「青葉被告は、31歳の時、京アニの作品に感動し、小説を書き始めた。事件の1年前、テレビで京アニの作品を見ていた際、自分のアイデアが使われ、盗まれていたと感じるとともに京アニから逃れられないと苦しむことになった。その後、人や物との関わりを絶とうとし、スマートフォンを解約するなどした。事件の4日前にアパートの隣人と騒音のトラブルになった際には『失うものは何もない』と言って翌日、京都に向かった」と説明しました。
そのうえで「被告にとってこの事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃だった。被告の責任について判断する前に、被告が何をしたのか知る必要がある。責任能力は複雑なものなので今後の証人尋問で専門家の意見を聞いて被告に責任を問えるのかどうかを議論すべきだ」と述べました。
青葉被告は、弁護側の冒頭陳述の間、弁護士の隣で車いすに座り、まっすぐ前を向いていました。

【消防供述調書“悲惨な現場”】
裁判で検察は、当時救助に入った消防職員の供述調書を読み上げました。
職員は、「全面に火が広がり多数の人が倒れていて、普通の火事ではないと分かった。火の勢いがおさまると建物の中に入って多数のご遺体を見た。私も消防の仕事を何十年もやっているが、ここまで悲惨な現場は見たことがない」と供述していました。
【スタッフ 供述調書“煙吸い込み苦しく”】
裁判では、けがをした複数の被害者の供述調書が検察官によって読み上げられました。
このうち、女性スタッフの1人は事件の発生直後から避難するまでの行動を詳細に語っていました。
このスタッフは「2階で仕事をしていると、らせん階段の方向から悲鳴が聞こえました。光とともに『ボンッ』という音が聞こえ、らせん階段の下からキノコ雲のような煙が上がっていたので、避難訓練どおりに西側の階段に向かいました」と述べたということです。
さらに、「窓がなかなか開かず、煙が迫ってきたのでパニックになった。煙を吸い込んでしまい、化学物質のような臭いがして苦しくて一度しゃがみ込んでしまいました。そのあと窓を拳で3回ほど殴りましたが全く割れず、後ろの男性から『落ち着いてかたいもので割ってください』と言われても、パニックで何も思いつきませんでした」と説明していました。
そのうえで、「窓枠が熱くなって持つこともできなくなり、煙の苦しさと熱さから逃れようと、少し開いた窓の隙間から必死に外の空気を吸っていました。もう逃げられないと諦めていたところに、おそらく熱でガラスが割れ、ベランダに出ることができました」と話したということです。
【社員 供述調書“このままでは死ぬ”】
検察は、当時、現場にいた社員の調書を読み上げました。
この社員は、京都アニメーションの養成塾の1期生で、アニメーションの基本を学んだあと、入社しました。
事件当時、2階の自分の席にいました。
その時の様子について「らせん階段の方から、『死ね』と野太い男の声がして『きゃー』という叫び声が聞こえた。『ボッ』という大きな音がしたあとにらせん階段を煙が上がっていくのが見えた。男の声が聞こえてから煙を見るまで、3秒くらいだった」と説明していました。
また、逃げようとしていた時の様子について、「何人ものスタッフが『助けてください』と叫んでいて、ベランダにいたたくさん人が次々に飛び降りた。私もこのままでは死ぬと思い、ベランダに出て、思い切って下に飛び降りた。そのあと、男が警察官から『なんでこんなことをしたんや』と尋ねられていて、男は『小説をとっただろ』と言っていた」と話していました。

【今後の審理日程】
裁判の中で、裁判長から今後の審理の予定が説明されました。
それによりますと、9月7日から被告本人への被告人質問が始まります。
また、9月27日から10月上旬にかけては証人尋問が行われ、その後、精神鑑定を行った医師に対する証人尋問も行われます。
11月27日に再び被告人質問を行ったあと、12月上旬にかけて検察官による遺族などの調書の読み上げや意見陳述が行われます。
そして、12月7日に検察の論告と弁護側の弁論が行われて結審し、判決は来年1月25日に言い渡される予定です。

【検察“責任能力立証する”】
京都地方検察庁の堤康 次席検事は、初公判のあと報道各社の取材に応じ、「きょうの冒頭陳述で述べたとおり、被告には完全責任能力があるということを今後の公判で立証していく」と述べました。
また、証拠調べのなかで犠牲者36人の氏名を読み上げる際に、17人を実名、19人を匿名としたことについては、遺族の意向を尊重したと説明しました。
遺族や被害者のサポートに力を入れるとしていて、「今後の公判でも分からないことがあれば検事から丁寧に説明していく」と述べました。

【武本康弘さん 遺族は】
事件で亡くなった武本康弘さん(当時47)は、兵庫県赤穂市出身で地元の高校を卒業したあと大阪府内のアニメの専門学校で学び、京都アニメーションに入社しました。
30代の若さで監督に抜てきされると、「らき☆すた」や「氷菓」といった数々の人気作品を世に送り出し、京都アニメーションのアニメ制作の中心的な存在でした。
手がけた作品は、優しさとユーモアにあふれ、いまもファンに愛されています。
武本さんは後輩のアニメーターたちに講義を行うこともあり、その様子が記録された映像では短いカットや1つ1つのセリフにこだわることの大切さを繰り返し説いていました。
初公判を前に母親の千惠子さん(75)は「事件から4年余りたちましたが、息子を亡くした悲しみの大きさはいまも変わりがありません。裁判が始まるといっても、息子がかえってくるわけではないので特別な感情はありませんが、被告が今どう思っているのか、しょく罪の気持ちはあるのかを知りたいです。判決がどういう結果になるのかこの目で見届けたいと思います」と話していました。
また、父親の保夫さん(80)は、「被告があれだけの事件を起こして、今どう思っているのかをまず知りたいです。後悔しているのかどうか、していないのであれば許せないです。被告がどういう顔をしているのか見たい気持ちもあるので、判決には行くつもりです」と話していました。
5日の初公判について、母親の千惠子さんは、「まだ始まったところなので、特段思うところはないが、これから審理が進むなかで被告の本心が出てきたときに、後悔の思いがあるのかどうかをみていきたいです」と話していました。
また、弁護士が被告に責任能力がなかったとして無罪を主張したことについては、「弁護側としては『心神喪失』を主張するしかないのだと思いますが、あれだけ計画的に実行していて、それはないだろうと思います。遺族が望む判決に影響が出ないでほしいです」と話していました。
【石田奈央美さん 遺族は】
事件で亡くなったアニメーターの石田奈央美さん(当時49)は、鮮やかな色使いに定評がある京都アニメーションでキャラクターなどの色を決める「色彩設計」を担当していました。
人気テレビアニメ「涼宮ハルヒ」シリーズなど数多くの作品に関わり、映画「聲の形」では、ヒロインが流す涙の色を淡いピンク色で表現して話題を呼ぶなど、独創的な色使いで多くのファンを魅了しました。
遺品のノートには、カットごとに細かく色を設定して映像の奥行きや質感などを表現しようと試行錯誤を重ねたメモが数多く残されていたということです。
初公判を前に石田さんの母親は、「娘はもう帰ってこないという悲しみは癒えません。もし被告が法廷で後悔や謝罪を述べたとしても、今さら遅いことです。相応の裁きが下されることを望んでいます」と話していました。
そして、5日の初公判について、石田さんの母親は、「やっていることと主張がちぐはぐで、無罪主張は納得ができず腹立たしい」と話しました。
母親は5日は傍聴しませんでしたが、報道で内容を知ったということで、青葉被告が『こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった』などと発言したことについて、「ガソリンをまいて火をつけたらどうなるか、誰でもわかることだと思います。やっていることと主張していることがちぐはぐだと思います」と話しています。
そのうえで、弁護士が被告に責任能力がなかったとして無罪を主張したことについては、「何日も前からガソリンや台車を用意していて、あれだけ周到に計画できるのに、善悪の判断がつかないというのは納得がいきません。遺族からしたら腹立たしいことこの上ないです」と話していました。
また、奈央美さんの80代の父親は裁判の傍聴を望んでいましたが先月(8月)5日に亡くなっていて、これについて母親は、「お父さんも空の上から聞いているのではないかと思います。きょうの裁判の内容をどう捉えているかは想像もつきませんが、直接聞くことができず残念でならないと思います」と話していました。
母親は、今後の裁判については、「何の罪も関係もない娘がなぜ殺されなければならなかったのか、どんな心境であのようなことをしたのかすべて話してほしい。娘を殺された身からすれば何を言われたところで憤りが収まることはありませんが、被告がすべきことは正直に説明することだけだと思います」と話していました。
【横田圭佑さん 遺族は】
事件で亡くなった横田圭佑さん(当時34)は、京都アニメーションでアニメ制作の進行を管理する「マネージャー」を担当していました。
マネージャーはスタッフが作業を円滑に進められるよう、スケジュール管理などを通じて作品づくりをサポートする役割です。
横田さんは人気作の「けいおん!」や「Free!」などでマネージャーを担当し、映画「響け!ユーフォニアム」ではチーフマネージャーを務めました。
アニメーターの悩みや仕事の進め方について常に親身に寄り添い、同僚から頼りにされる存在だったということです。
初公判を前に横田さんの父親は、「裁判の結果がどうなろうと、息子がかえってくるわけではないので、被告が何を話すかについては関心がありません。『なぜあんなことをしたのか』と知りたいという人の気持ちはわかりますが、それを突き詰めたとしてもわが子を失った遺族個人が救われる裁判ではありません」と話していました。
【アニメーターの男性 遺族は】
事件で亡くなったアニメーターの男性は、京都アニメーションでキャラクターが使う道具などを描く「小物設定」を担当してきました。
「小物設定」は、アニメのキャラクターが使う道具や乗り物などの複雑な構造を細やかに描く技術で、男性は、人気作の「けいおん!」や「響け!ユーフォニアム」で楽器の作画などを担当しました。
事件後に京都アニメーションが初めて完成させた新作映画、「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」でも、男性が手がけた小物設定が生かされました。
長年にわたって作品の世界観を支え、ファンの間では京都アニメーションの作品に欠かせない存在として知られていました。
亡くなった男性アニメーターの高齢の父親は、5日の初公判は傍聴しませんでしたが、報道で裁判の内容を知ったということで、青葉被告が冒頭、『こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった』などと発言したことについて、「一番最初の発言では、謝罪のことばが出てくると思っていた。被告はその気持ちを持っているもののたまたま言うことができなかったのか、どう受け止めてよいのかわからない」と話しました。
そのうえで、今後の裁判については、「事件が起きた背景には被告が育った環境や孤独があるのかもしれないが、治療で一命を取り留めた以上、私のような遺族が二度と出ないようにするためにも、事件を起こすに至った過程を素直に話してもらうことが望みです」と話していました。

【傍聴した人は】
京都大学の法科大学院に通う25歳の男性は、5日の裁判の傍聴を終えて「被害者の方の証言内容は自分の体が焼けているんじゃないかと思うくらい悲惨だったので、遺族の方々は無念が尽きないと思います。現場の状況が鮮明に説明されていて、被害の壮絶さを改めて思い知りました」と振り返っていました。
法廷内での被告の印象については「途中、寝ているように見える場面もあって、どれくらい真剣に裁判に向き合っているのか自分にはわかりませんでした。ご遺族の方にとって納得できるような判決が出れば良いなと思います」と話していました。
【傍聴した大学生“被害の大きさ感じた”】
裁判を傍聴した23歳の男子大学生は、「昔から、京都アニメーションの作品が大好きで、裁判を傍聴しに来ました。検察官が事件で亡くなった方々の名前や死因を一人ひとり読み上げたとき、その長さに被害の大きさを感じ、重い気持ちになりました」と話していました。
また、今後、長期にわたって続く審理については「被告人の生い立ちや事件の背景を丁寧に確認し、裁判員の方には適正な判断をしてほしいです」と話していました。
【傍聴の大学生“正直に話して”】
裁判を傍聴した京都市に住む大学3年生の女性は「どうして犯行に及んだのか、自分の目で確かめたくて傍聴しました。死因が焼死だけでなく窒息死した人もいたことなど、事件の悲惨な状況を知りました。被告には弁護士に言わされた言葉ではなく、自分が思っていることを正直に話してほしい」と話していました。
また、大阪市の大学3年生の男性は「自分が高校生だった頃、大好きだったアニメを作っていた会社が燃えたことがショックで事件の裁判が開かれたら絶対に傍聴に行こうと思っていました。検察側の証拠で出てきた、被害者の証言などを聞いて、改めて痛ましい事件だったのだと思い胸が痛みました。被告には裁判を通して被害者の家族に謝罪してほしいと思います」と話していました。

【裁判の争点は「責任能力」】
殺人事件としては、記録が残る平成以降、最も多くの犠牲者が出た今回の事件。
被告は、5日の初公判で起訴された内容について「間違いない」と認め、裁判の最大の争点は、被告に責任能力があったかどうかです。
検察は、冒頭陳述で「みずからの小説のアイデアを京アニに盗まれたと一方的に思い込み、人生がうまくいかないのは京アニのせいだと考えて筋違いの恨みによる復しゅうを決意した」と述べました。
さらに、「計画どおり実行するか、引き返すかを考えためらい引き返すという選択肢もあったのに実行した。犯行は、妄想に支配されたものではなく、うまくいかないことを他人のせいにしやすいなどの被告のパーソナリティが表れたものだ」として被告には完全責任能力があったと主張しました。
一方、弁護側は「被告にとってこの事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃だった。被告の責任について判断する前に、被告が何をしたのか知る必要がある」と述べました。
そのうえで、「被告には善悪を区別し、それに従って犯行をとどまる責任能力がなかった」として無罪を主張し、有罪だったとしても心神耗弱により、刑を軽くするよう求めました。
今後の裁判で、被告に責任能力があったかどうかについて、精神鑑定を行った医師に対する尋問や被告本人への質問などが行われる予定です。

【元裁判官“本人が語ることに意義”】
大阪高等裁判所の元裁判長で関西大学法科大学院の和田真 教授は、裁判について、「法廷で本人が動機を語ることに大きな意味がある。事件がなぜ起きたのかという真相をはっきりさせることは、事件に至らないための教訓を残していくうえで意義がある」と話しています。
また、争点となっている責任能力の有無については「検察側も被告の妄想は認めているが、遠い要因で直接的なものではなく、みずから計画してやったと主張している。一方、弁護側は、妄想がかなり強く影響したという主張をしている。そもそも精神疾患があったのか、その症状は今回の犯行にどのように結びついたのかが一番のポイントになる。裁判官や裁判員は、医師の証言などを聞いたうえで難しい判断をすることになる」と指摘しました。

【精神科医“動機分析が重要”】
精神科医で犯罪精神医学が専門の聖マリアンナ医科大学、安藤久美子 准教授は、裁判の大きな争点である責任能力について「事件の動機が妄想に基づく可能性があるということで、その妄想がより病的なものなのか、実体験によるものなのかの判断が重要になってくるだろう。被告の生い立ちや生活の状況が明らかになる中で、どの時点で妄想的な発言や行動が出てきたのかを丁寧に見て、発言を裏付ける客観的な事実についても確認していく必要がある」と話しています。
裁判の意義については「被害者にとって事件の真相を知ることはつらいことであると同時に気持ちの整理や1つの区切りにもなりうる重要なものだ。裁判を通じて、動機や事実関係が明らかになることは、新たな事件を防ぐ意味でも意義があるのではないか」と話していました。

【法廷にアクリル板】
法廷では、警備を理由に、▽被告のほか裁判官や検察官、それに弁護士などが座る訴訟関係者の席と▽傍聴席の間に透明のアクリル板が設置されました。
また、ほかにも▽検察官が被害者とともに座る席と▽被告との間にも同じアクリル板が設置されていました。

【被害者匿名や裁判参加も】
事件の被害者は多数にのぼり、裁判では、遺族や被害者に配慮した対応が取られています。
関係者によりますと、今回の裁判では、プライバシーの保護を求める被害者や遺族の希望を踏まえて一部の被害者について、名前など個人が特定される情報を伏せて匿名で審理するとみられるということです。
憲法は、公正な裁判を保障するために公開の原則を定めていますが、刑事訴訟法に基づく制度では、被害者などから申し出があり裁判所が許可すれば、被害者の名前や住所などを伏せて審理を進めることができます。
対象となるのは、名前などが法廷で明らかにされることにより、被害者などの名誉や社会生活の平穏が著しく害されるおそれがある事件としています。
この事件では、発生時、京都アニメーションが警察などに対して亡くなった社員の実名を出すことを控えるよう要望していました。
警察は、遺族と調整をした上で事件から15日後に一部の人の名前を公表し、その後、36人全員の名前を明らかにしていました。
また、今回の裁判には「被害者参加制度」を利用して、希望する遺族などが審理に参加します。
「被害者参加人」として検察官の隣などに座り、被告に質問したり、刑の重さについて意見を述べたりすることができます。

【審理計画の概要は】
青葉被告の裁判は、京都地方裁判所で5日に初公判が開かれ、およそ4か月半後の来年1月25日に判決が言い渡される予定です。
先月(8月)末に遺族に示された審理計画の概要によりますと、期日は、予備日を含めて32回設けられています。
初公判では、起訴された内容を認めるかどうかを聞く罪状認否などが行われるほか、検察と弁護側が、冒頭陳述を行います。
3日目の7日から被告人質問が始まる予定で、はじめに被告の弁護士、次に検察官の順番に被告に質問することになっています。
今月下旬から来月(10月)上旬にかけて証人尋問が行われ、京都アニメーションの社長や対応にあたった消防の職員が証言する予定です。
そして、再び被告人質問を行ったあと、物事の善悪を判断する責任能力が被告にあったかどうかについて、検察と弁護側が、冒頭陳述を行います。
その後、起訴の前と後に被告の精神鑑定を行った2人の医師に対する証人尋問が行われます。
検察の論告や弁護側の弁論は、多くの裁判では1回ですが、今回は2回予定されています。
1回目は11月上旬で、被告の責任能力の有無や程度について検察の中間論告と弁護側の中間弁論が行われ、その後、裁判員と裁判官は、非公開で「中間評議」を行い、責任能力について結論を出します。
この「中間評議」の結果は、判決まで明らかにされません。
11月下旬に検察と弁護側が、刑の重さに関わる情状について冒頭陳述を行い、12月上旬にかけて遺族などの供述調書の読み上げや意見陳述が行われます。
これについて、2回目の検察の論告と弁護側の弁論が行われて結審します。
その後、非公開で裁判員と裁判官が最終評議を行い、来年1月25日に判決が言い渡される予定です。

【裁判員ら12人選任】
今回の裁判は裁判員裁判で審理され、担当する裁判員6人と補充裁判員6人は、先月(8月)9日に選任されました。
裁判員の候補者となったのは、京都地方裁判所としては過去2番目に多い500人で、このうち209人が仕事に支障があるといった理由で辞退が認められるなどして、京都地方裁判所での選任手続きに出席したのは63人だったということです。
関係者によりますと、公判期日は5日の初公判から来年1月25日の判決まで予備日を含めて32回設けられていて、裁判員裁判としては長期間の審理となります。

【青葉被告とは】
無職の青葉真司被告は、1978年(昭和53年)5月16日生まれの45歳です。
捜査関係者などによりますと、現在のさいたま市で生まれ、市内の定時制高校を卒業したあと1998年までの3年間、埼玉県の文書課で非常勤職員として働きました。
1999年、21歳の時に父親が亡くなり、その後、きょうだいとも連絡をとらなくなり、埼玉県春日部市のアパートで1人暮らしをしていたとみられています。
そして、茨城県に移り住んだあと、強盗事件に関わり、2016年、38歳の時にさいたま市の更生保護施設に入りました。
施設の関係者は当時の被告について、「おとなしい様子であいさつやお礼、日常会話はできていた。読書が好きで、近くの図書館で本を読んだりしていた」と話していました。
半年で施設を出たあと、事件までのおよそ3年間、さいたま市のアパートで1人暮らしをしていたとみられています。
アパートの隣の部屋の男性は、事件の4日前(2019年7月14日)、被告に別の部屋の物音を勘違いされてドアをたたかれたため、自分ではないと伝えようとしたところ胸ぐらをつかまれ、会話にならなかったということです。
警察によりますと、事件の3日前(2019年7月15日)、被告は京都に移動して現場を下見したあと、ホームセンターでガソリンを入れる「携行缶」やライターなどを購入したとみられています。
そして事件当日(2019年7月18日)午前10時ごろに現場近くのガソリンスタンドでガソリンを購入して台車で運び、事件を起こしました。

【被告の治療と近況】
この事件では、青葉被告自身も重いやけどを負い、先の見通せない状況が続きました。
被告を治療した医師や関係者によりますと、当時、被告のやけどは全身の9割に及び、ひん死の状態で大阪の病院に搬送され、入院しました。
治療は、広範囲の重いやけどの治療に用いられる「自家培養表皮移植」で行われたということです。
ウエストポーチを身に着けていたためやけどをしなかった皮膚を培養するなどして全身に移植していきました。
3か月後には、介助されながらも食事をしたり、車いすでリハビリをしたりするまでに回復しました。
京都の病院に転院したあとも移植した皮膚を定着させる手術など、半年間であわせて12回の手術を受けたということです。
そして、10か月余り入院したあと、被告は逮捕されます。
その際、警察は複数の医師の意見などをもとに取り調べができるまで回復したと判断したとしています。
その後は、医師が常駐し、医療体制の整う大阪拘置所で勾留され、ベッドで寝たまま取り調べが行われたということです。
2020年6月、裁判所で行われた勾留理由を明らかにする手続きでは、ストレッチャーに乗った状態で出廷しました。
関係者によりますと、今も自分の力では立てませんが、車いすで移動できるまでになっていて、会話もできるということです。

【被告治療した医師は】
初公判を前に、青葉被告の治療にあたった医師は、「被告には遺族や被害者に謝罪をしたうえで事件に向き合ってほしい」と話しています。
鳥取大学医学部附属病院救命救急センターの上田敬博 医師は、4年前、当時勤務していた大阪の病院で、全身に重いやけどを負った被告の治療を担当しました。
当時の心境について、「予断を許さない状態が4か月続き、特に最初のころは『亡くなった方や遺族のために、被告の命を救わなければならない』という思いが一番強かった」と振り返ります。
被告は、治療の過程で、「どうしてそんなに懸命に治療してくれるのか」とか、「自分自身に価値がない」などと話していたということで、自己肯定感の低さや社会からの孤立があったのではないかと感じたといいます。
こうした被告に対して、上田医師は、たとえ何が背景にあったとしても事件を起こすことは許されないと繰り返し伝えていたということです。
裁判に向けては、「九死に一生を得るような治療を受けたことで、初めて自分の命の重みを理解し、それと同じ命をたくさん奪ってしまったという後悔の念があるかどうかを確認したい。まず被害者に謝罪したうえで、自分がやったことに関して目をそらしたり逃げたりせず、向き合うべきだと思う」と話していました。

【事件現場や慰霊碑は】
事件の現場となった「京都アニメーション」の第1スタジオの跡地は、建物が解体されたあと周辺は板で覆われ、さら地のままとなっています。
会社は、将来的に慰霊碑の設置が想定されるとしていますが、会社の事業用地としての利用も考えられるとして一般には公開しない見込みです。
そのうえで、遺族や会社などは、事件や犠牲者の存在、それに多くの支援への感謝を記憶にとどめる象徴として、スタジオ跡地とは別に、会社の本社がある京都府宇治市内へ碑の設置の検討を始めています。
ことし7月、遺族や会社の社員などが参加して初めて開かれた検討会では、▼設置場所は多くの人が集まることができる公園が望ましいという意見や、▼鉛筆やフィルムなどアニメにかかわるデザインを取り入れたいなどの意見が出されました。
今後さらに検討を重ね、事件から5年となる来年(2024年)7月までの完成を目指すということです。