奈良 安倍元首相銃撃事件 8日で1年

安倍元総理大臣が奈良市で演説中に銃撃された事件から7月8日で1年となります。
事件後、現場周辺には花壇などが設けられ、7日夕方になっても花を供えたり、手を合わせたりする人の姿が見られました。

去年7月8日、奈良市の大和西大寺駅前で参議院選挙の応援演説をしていた安倍元総理大臣が銃撃されて死亡した事件では、無職の山上徹也被告(42)が殺人や銃刀法違反などの罪で起訴されています。
事件現場はことし3月末に、奈良市が進めていた道路整備が終わり、近くには人工芝の広場や花壇が設けられています。
8日で事件から1年となります。
7日は夕方になっても花壇に花束を供えたり、足を止めて手を合わせたりする人の姿が見られました。
8日は、自民党の有志らで作る団体が現場付近に、献花台を設けることにしています。
団体は、不審物への対策などとして、花以外のものは供えないよう協力を呼びかけています。
捜査関係者によりますと、山上被告は捜査段階の調べに対し、母親が多額の献金をしていた「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に恨みを募らせた末、事件を起こしたなどと供述しています。
事件は裁判員裁判で審理される予定ですが、争点を絞り込む公判前整理手続きがいつ始まるかは未定で、弁護団によりますと、初公判は来年以降になる見通しだということです。

【現場では】
現場となった大和西大寺駅前には7日午前、事件後、設けられた花壇に花を供えたり、足を止めて静かに両手を合わせたりする人の姿が見られました。
奈良市の80代の女性は、「銃撃事件以降、事件が増えた気がして心配になります」と話していました。
奈良市の70代の男性は、「地元でこのようなことが起きたことについて、さびしさと悲しさと腹立たしさがあります。二度とあってはならないという思いで1年を過ごしました。事件が起きた正確な場所が全くわからないと思うので、目印などがあればよかったかなと思います」と話していました。
奈良市の20代の女性は、「身近でこのようなことが起きたのは悲しいなとニュースを見るたびに思います」と話していました。

【奈良県警本部長コメント】
安倍元総理大臣が奈良市で銃撃された事件から8日で1年となるのを前に、奈良県警察本部の安枝亮 本部長がコメントを発表しました。
安枝本部長は「事件発生から1年を迎えるにあたり、あらためて、心より、お亡くなりになられた安倍晋三 元内閣総理大臣のご冥福をお祈り申し上げるとともに、ご遺族にお悔やみを申し上げます。当県警察では、二度とこのような事態を発生させないとの決意のもと、警護体制の強化などの取り組みを進めております。引き続き、全職員が一丸となって、県民・国民の皆様の信頼回復に努めてまいります」としています。

【一部で境遇重ねる人も】
事件後、一部では、山上被告の境遇にみずからを重ね合わせる人たちもいます。
事件直後には刑を軽くするよう求めるグループが結成されていて、その代表によりますと、去年7月からインターネット上で集めた署名は1万3000人余りにのぼるということです。
被告の伯父によりますと、拘置所には▼これまでに多くの服や菓子などの差し入れがあったほか、▼去年10月までには100万円を超える現金が届けられたということです。
現金1万円と、手紙や年賀状を送ったという40代の女性は、暴力は許されないとしながらも被告の境遇を知り、みずからの経験と重ね合わせているといいいます。
女性は、被告のものとみられるツイートをコピーしたり、事件の記事をファイルしたりしています。
重ね合わせているのは、被告が、▼就職氷河期世代で職を転々としていたこと、▼母親をめぐって家庭が問題を抱えていたとみられることです。
女性は被告と同世代で、1年間の就職浪人を経験しているほか、非正規雇用の人が突然解雇される姿を間近で見てきて、被告の職歴がひとごとだとは思えなくなったということです。
女性は、「私も就職浪人が2〜3年続いていたら、どうなっていたかわからず、紙一重だと思います。事件の報道を見て、被告が複数の資格を取得するなど一生懸命にあがいていたことが伝わり、まるで身近な同級生が事件を起こしてしまったような思いがわいてきました」と話しました。
また、女性は、幼いころから両親が不仲で、家を出て行った母親に対し複雑な思いを抱いてきました。
女性は被告のものとみられるツイートに、母親への複雑な思いがつづられているのを見つけ、みずからの生い立ちと重ね合わせたということです。
女性は、被告への手紙について、「当初は抵抗もありましたが、あえてたあいもないことを書いています。本当は、事件を起こさない選択がなかったか、どうしたら事件を起こさずに済んだのか、聞きたいと思っています」と話していました。

【学者“一元的でなく多角分析を”】
政治学者の中島岳志さんは、戦前のテロや近年の無差別殺傷事件などの分析を行っています。
中島さんによりますと、去年の事件後は、1921年(大正10年)に31歳の男が財閥の創始者を殺害し、その後自殺した「安田善次郎暗殺事件」に改めて注目しているということです。
この事件がきっかけとなり、第一次世界大戦後の不況下でも財閥が多額の富を抱え込んでいるという情報が広がり、男を英雄視するような空気が生まれたといいます。
1か月後には、事件の影響を受けた別の男が、当時の原敬総理大臣を殺害したほか、1930年代に入ると、五・一五事件や二・二六事件が起こり、事件の連鎖につながったと指摘します。
中島さんは「五・一五事件の後にも青年将校らの刑を軽くするよう求める運動があり、国民運動のようになった。そのような背景が二・二六事件につながったと議論されてきた。今回はそういう国民運動ではなく、かなり限定されていて、大半の国民はけしからんことだと怒っているのは大きな違いとしてある。ただ、同類型のことが起きたことは深刻に見たほうがいい」と話しています。
そのうえで「事件の連鎖の推進力になってしまう可能性があり、事件を起こした人を評価、支持するような署名が集まっていることを知ると、『私も』と思ってしまうことが考えられる。冷静に対処しなくてはいけない」と話しています。
また、こうした現状について、15年前に東京・秋葉原の歩行者天国にトラックが突っ込んだ無差別殺傷事件も参考にして注意すべきだとしています。
中島さんは、事件を起こした元死刑囚が派遣社員だったことで、一部の人たちは格差社会の問題が裁判で告発されるのを期待した面もあったのではないかとしたうえで、「元死刑囚は裁判でインターネットの掲示板で自分のなりすましに管理人がちゃんと対応してくれなかったことを表現したいために、事件を起こしたと言って、雇用問題などの見方を退けた。その瞬間に裁判への関心がどんと下がった」と指摘しています。
そして、「私たちが、山上被告をこうあってほしいものとして消費しているような状況こそが批判されないといけない。何かを被告に投影することは避けなくてはいけない。被告が裁判で何を語るか、あるいはそれがどう報道されるか、注意しながら見守っていかないといけない」と話しています。
また、社会として求められることとしては、「なぜ彼が事件を起こしたのかを、何か一元的にこれのせいだというふうに言うのではなく、多角的に分析していくこと、どう捉えるのかを一生懸命議論していくこと、それが非常に重要な社会の役割だ」と指摘しています。
そのうえで、「テロによっては社会は変えられない、テロによって世の中は動かないんだということを世の中は、しっかりと見せつけないといけない」と話しています。

【被告の供述・発言】
山上徹也被告は殺人の罪のほか、▼手製の銃を所持していた銃刀法違反や▼許可を得ずに武器を製造した武器等製造法違反などの罪で起訴されています。
山上被告は母親が多額の献金をしていた「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に恨みを募らせた末、事件を起こしたとみられています。
捜査関係者によりますと、被告は捜査段階の調べに対し、「母親が旧統一教会にのめり込み多額の寄付をするなどして家庭生活がめちゃくちゃになった」といった趣旨の話をしたということです。
元総理を狙った理由については、「政治信条への恨みではなく、安倍元総理が教団と近しい関係にあると思った。これまで教団の総裁を狙っていたがうまくいかず、新型コロナの影響で来日しないため、安倍元総理を標的にすることを決めた」などと供述していたということです。
奈良地方検察庁は、供述と事件との間に飛躍があるため、去年7月からことし1月までの半年近くにわたって「鑑定留置」をして精神鑑定を行い、その結果を踏まえて刑事責任能力があると判断しました。
捜査関係者によりますとこの鑑定の際、被告は「旧統一教会などについてもっと話を聞いてほしい」という趣旨の発言をし、旧統一教会や家族との関係などについて話し足りない様子だったということです。
一方、被告の弁護団は、動機などについては、裁判に影響が出るとして明らかにしていません。
弁護団によりますと被告は現在、大阪拘置所で勾留されていて、親族や弁護士以外との接見は拒否しています。
ことし4月からは弁護士を通じて報道陣の質問に一部答えていて、旧統一教会の問題を受けて整備された被害者救済の法律について「意見を持つほど分かっていないが、被害者が救済されることを願っている」と話したということです。
先月(6月)12日には、裁判に向けて争点を絞り込む1回目の公判前整理手続きが予定されていましたが、奈良地方裁判所に不審物のおそれのある段ボール箱が届いたため、中止となり、これについて被告は「爆発物でなくてよかった」、「自分が出席することでこのような騒ぎが起きた。手続きに出席するかどうかはよく考えたい」という趣旨の話をしていたということです。

【被告と旧統一教会】
「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会によりますと、山上徹也被告の母親は、25年前の1998年ごろに入会した信者だということです。
被告の供述や親族の話などから被告が奈良県内の進学校の高校生だったころ、母親は教会への信仰を深めていったとみられています。
母親は、長年にわたり、▼死亡した父親の生命保険金や、▼家族が所有していた不動産を売って得た金など、あわせて1億円近くを旧統一教会に献金していたとみられています。
被告は数年前からSNSで、旧統一教会について繰り返し投稿していたとみられていて、このなかで「全ての原因は25年前と言わせてもらう。なぁ統一教会」、「オレが憎むのは統一教会だけだ」などと投稿されていました。
被告は、銃撃事件の前日に、奈良市内の旧統一教会の関連施設が入る建物を銃撃して傷つけた罪でも起訴されています。

【現場はいま】
安倍元総理大臣が銃撃された大和西大寺駅近くの現場は、奈良市がもともと進めていた道路の整備計画が完了し、事件の発生当時から大きく様変わりしています。
奈良市は事件の前から、現場となった駅前について道路や広場を整備しようと作業を進めていました。
しかし、銃撃事件を受けて、市には慰霊碑といった事件があったことを示すものを設置するよう求める声が寄せられるようになりました。
このため、市は、この場所を▼緑地帯にする案や▼「歩道」にして近くに慰霊碑などを設ける案、そして、▼従来の計画どおり「車道」にして慰霊碑などを設けない案の3つの案を示し、有識者や住民などから意見を聞きました。
その結果、市によりますと「車両や歩行者の通行の妨げにならない場所に何か残せたらいい」といった慰霊碑などの設置に賛成する声もありましたが、▼「市民にとっては思い出したくない」、▼「住んでいる人や、子どもたちがやすらぎ、集える場所になるようにしてほしい」など、設置しないほうがいいという意見が多く寄せられたということです。
市はこれらの意見を踏まえて、当初の計画どおり「車道」として整備し、周辺に花壇を設ける一方、慰霊碑など弔意を示すような「構造物」は作らないことを決め、ことし3月末に工事は終了しました。
現場周辺には時折、花や飲み物などが供えられています。