大阪府立病院医師 新型コロナ重症患者の人工呼吸器を一時停止

おととし(2021年)3月、大阪・東大阪市にある府立病院に勤務していた男性医師が、人工呼吸器の装着方法の変更に同意が得られなかったことをきっかけに、新型コロナの重症患者の人工呼吸器を一時的に止めていたことがわかりました。
医師は取材に対し、「命の危険はなく同意を得るために許される範囲だと考えた」と話す一方、病院は「重大な倫理違反がある」などとする報告書をまとめ、患者の退院後、謝罪したということです。

東大阪市にある大阪府立中河内救命救急センターの倫理委員会がまとめた報告書などによりますと、おととし3月、当時、部長だった40代の男性医師が、新型コロナで集中治療室に入院していた当時60代の男性患者に人工呼吸器の装着方法の変更を提案したものの同意が得られず、患者がつけていた人工呼吸器をおよそ2分間停止したということです。
患者は一時、血液中の酸素の値が90%を下回り、呼吸の状態が悪化しましたが、人工呼吸器を再開してしばらくしたあとで回復したということです。
患者は人工呼吸器を口からのどに管を通す形で使っていましたが、医師は細菌感染で起きる肺炎などの合併症を予防するため、のどを一部切り開いて管を入れる方法に変えようと提案したということで、取材に対し「新型コロナの重症患者は合併症を起こすと救命が難しくなることが多い。人工呼吸器が必要な状態だとわかってもらうために停止したが、命の危険はなく同意を得るために許される範囲だと考えた」と話しています。
これに対して報告書では、「目的自体は不適切とは言いがたい」としたうえで、「停止したあとで起きることについて十分な説明がない。『呼吸器止めてみます?』『止めてみろ』などと売り言葉に買い言葉のようなやりとりで行為に至っていて患者の自由意志による決定とは言いがたい。故意に苦痛を与える行為で重大な倫理違反がある」としています。
病院は患者に謝罪するとともに医師の職業倫理や患者の権利などを学ぶ研修を実施したということです。
病院を管理する市立東大阪医療センターの谷口和博 理事長は「緊急性はなく、時間をおいて患者や家族に再度説明するなどの対応を取るべきだった。市民の信用失墜を招く結果となり、心よりおわびするとともに再発の防止に取り組みたい」とコメントしています。
病院ではおととし12月、男性医師を戒告の懲戒処分にしていますが、男性医師は処分の撤回を求める裁判を起こしています。

【医師“命の危険ない”】
男性医師はNHKの取材に対し、人工呼吸器を一時的に止めた理由について「命の危険はなく、同意を得るために許される範囲だと考えた」と話しました。
医師によりますと、新型コロナの重症患者では人工呼吸器を口からのどに管を通す形で使うと1週間前後で肺炎などの合併症を起こすことがあり、中には死亡するケースもあったということです。
こうした合併症のリスクを減らすには、のどを一部切り開いて管を入れる「気管切開」の方法が有効とされていて、今回、医師が提案したのもこの方法でした。
医師によりますと、男性患者は気管切開をすることに手術を行う前日にいったん同意しましたが、その後、医師が改めて確認したところ、同意は得られなかったということです。
男性医師は取材に対し、「合併症を起こすと救命が難しくなってしまう。気管切開が必要だったが説明してもなかなか理解が得られなかった。人工呼吸器が必要な状態だとわかってもらうために、停止して改めて説得する必要があった。止めていた間は呼吸状態をモニターなどで確認していたので、命の危険はなく同意を得るために許される範囲だと考えた。当時の状況ではこの選択肢しかなかった」と話していました。

【患者“1年半以上連絡なく”】
新型コロナで重症となっていたときに人工呼吸器を一時止められた木野正人さん(71)がNHKの取材に応じました。
木野さんは当時、鎮静剤の投与を受けていたこともあり、医師と交わしたやりとりの記憶があいまいでしたが、およそ1年9か月がたった去年(2022年)12月、病院の倫理委員会の報告書などが同封された匿名の封筒が自宅に届き、当時の詳しい経緯などが分かったということです。
病院からは退院後も説明はありませんでしたが、報告書が届いたのをきっかけに木野さんが連絡すると詳しい説明と謝罪を受けたということです。
木野さんは「なぜ1年以上も連絡せずに伏せたままにしていたのかと聞いたところ、謝罪を受けました。はっきりした記憶はありませんが、治療方針について意見が食い違ったとしてもやっていいことと悪いことがあると思います。新型コロナが重症化して入院したものの生還できたので、医療従事者に感謝する気持ちも大きく、とても複雑な思いです。患者の命にかかわることなので医療機関全体で共有して再発防止を徹底してほしい」と話していました。
これについて病院を管理する市立東大阪医療センターは、「患者にすみやかに説明し公表すべき事案で、患者の視点を大きく欠いた対応だった」とコメントしています。

【専門家“自己決定権確保を”】
医療安全が専門の名古屋大学医学部附属病院の長尾能雅 教授は「気管切開に変えたいという医療者側の気持ちは理解できなくはない」とする一方、「同意が得られないからといって故意に身体的苦痛を与えて治療の選択を迫ることはあってはならない」と指摘しています。
そのうえで、「医療者から治療法のリスクなどについて十分な説明を受けたうえで治療方針を決定できるという患者の自己決定権はどんな状況でも必ず確保しなければならない」としています。
また、今回のケースでは、医師の行為を周囲の医療スタッフが止めなかったことにも課題があるとしたうえで、「治療方針をめぐって患者から不安の声が聞かれたときにはその治療が本当に適切なのか医療チーム全員が立ち止まって考えなくてはいけない。特にコロナ禍のような非常事態では『チーム医療』が機能しないことがあるので、おかしいと思ったら周囲の医療スタッフが止められる環境づくりを進める必要がある」と話しています。
今回のケースを病院が公表しなかったことについては、「特に公立の医療機関は起きた出来事を過不足なく市民と共有する必要がある。今回のような問題に組織がどう対処し対策をどう講じたのかを社会と共有して警鐘を鳴らすことも重要だ」と指摘しています。